無意味に望遠 その7 -1971年12月15日つづき-


無意味に始めた「無意味に望遠」シリーズも、半年を越してついに7回目。今回は前回と同じ、1971年12月15日の筑豊本線。その後半戦です。今年の10月に筑豊地区を40年ぶりに訪問したので、昔の記憶がだいぶよみがえってきました。直方とか飯塚とかって、これから死ぬまでの間に訪ねることがあるのでしょうか。たぶんないでしょう。それでも、景色はずっと残るのでしょうね。街並みは、さらに大きく姿をかえるのでしょうが。蒸気機関車と、その記憶だけで結びついた地域でした。まあ、蒸気機関車を撮影に行くことがなければ、生涯一度も足を踏み入れたことないエリアで終わったでしょうし、そういう人の方が多いことは間違いありません。ゴーストタウンになってしまった夕張など、北海道の炭田地帯に比べれば、単なる郊外都市になってしまったといっても、人影があるし、一時簡に何本も電車が走っているだけいいのかもしれません。今回は「筑豊本線の巻・後編」としたいので、少ないネタでメチャクチャ引っ張りますが、ご容赦を。



後半戦は、この日の午前中の残りから。中間-筑前垣生間の遠賀川橋梁を渡る、若松機関区のD511155号機の牽引する上り貨物列車。未電化複々線の迫力が喧伝されて、直方以北の筑豊本線の撮影地というと、折尾-中間間が圧倒的に有名ですが、中間より南側の筑前垣生そして筑前植木方面も、筑豊地区らしい雰囲気があって、なかなか味わいのあるエリアだと思います。列車密度はほぼ同じ(香月線以外)ですし。ただ、平坦地で、なおかつ周りがゴチャゴチャしているので、どうしてもバッタ撮り的な撮影になってしまうのが玉にキズでしょうか。ちなみに、中学生のとき最初に筑豊本線の直方以北を撮ったのは、このエリアです。例によって、ひねくれた性質が発揮されていますが。


次は、場所を冷水峠の筑前内野側に移動しての撮影です。峠に向かって上ってゆく、下り貨物列車。直方機関区のD6069号機とD6027号機が重連で牽引しています。この区間は、冷水峠の勾配区間があるので、この時期には通過する貨物は最低限抑えられていました。この区間着発の貨物と、鳥栖等近隣の機関区への運炭がほとんどといっていいでしょう。この列車も、最後尾のタンク車を除くと、石炭車が連なっています。南側には石炭を船積みする港はありませんから、これは国鉄内部での需要です。九州島内部では、機関区への石炭の配給は、直接石炭車を使っていました。これに対し、九州内の大手需要先への直接出荷は、トラとか無蓋車が使われていました。


続けてのカット。この時は、列車の速度が遅いのをいいことに、ズームの焦点距離を変えて、数カット撮っています。それにしてもセラが17輌、おまけに実車ですからこの区間の貨物としては、それなりの重量ですね。このぐらいあれば、重連でも絵にはなるでしょうか。それなりに力行してますし、本務機はここでもまだ石炭焚いてますからね。前に九州の優等列車 -1971年4月-で掲載した写真もそうでしたが、冷水越えの貨物は、2〜3輌ということも多く、甚だしきはワフのみなんてのも撮影したことがあります。まあ、今じゃ桂川-原田が一閉塞ですから。もともと、人工希薄、産業もない地域ですし。


ここからは、若松機関区のC5552号機の牽引する原田行き下り旅客列車が、新飯塚駅を発車するシーンが続きます。新飯塚-飯塚間の踏み切りのところに構え、望遠で駅出発のところから引っ張って撮っています。最初は、発車直後。後藤寺線との同時発車ですね。後藤寺線は、キハ17とキハ35の2連。いかにものデコボコ編成ですが、蒸気機関車が活躍していた時代を知っているモノにとっては、これこそがディーゼルカーの醍醐味といえます。極端な話、なにをどう繋いでも同期して走るんですから。このカットは、かなりトリミングをかけてあります。次のカットが、210mmで撮ったものの左右をカットした感じなので、これだと400mm相当ぐらいでしょうか。印画紙と違って、こういうトリミングができるようになったのは、デジタルならではです。


続けて、長い側で撮ったオーソドックスなカット。上で見えている38kmのキロポストをちょっと越えたあたりでしょうか。ここでもまだドレン切ってますね。勾配票を見ると、駅を出発して即上り勾配のようですから、気合入れて力行してます。実は、煙にはこだわらないいs、どちらかというと風光明媚なほうを重視する人だったので、けっこう惰行時に撮影したカットも多いのですが、無意味な望遠撮影では、意外と煙モクモクなカットが多いですね。これはけっこう夕方の撮影ですが、東京都は日の出・日の入りが素1時間ぐらい違うので、冬場の冬至の時期といっても、17時過ぎまで粘れました。でも、これもギリギリのシャッタースピードだったんじゃないでしょうか。


最後は、ズームを最短の80mmに戻してのカット。まあ、極めてオーソドックスな線路際からの撮影ですね。こういう撮影では、50mmではなく、85mmとか90mmが好きです。それは今も変わってませんね。これ以上引きつけたら、いわゆるバッタ撮りの日の丸写真になってしまいます。場内信号機やホーロー看板のついた沿線の住宅などがいいアクセントになり、どことなく、模型のジオラマ撮影のようです。というより、ジオラマの撮影は、こういう感じのカットを意識して撮るといったほうが正しいのでしょう。ホビー日記の2013年12月8日のC57とかも、そのパターンですし。しかしこれ、まる42年前なんですね。なんか時の流れには、恐ろしいものがあります。



(c)2013 FUJII Yoshihiko


「記憶の中の鉄道風景」にもどる

はじめにもどる
inserted by FC2 system