日本の映画ビジネスの今後を占う



・日本映画の構造的問題とは
キネマ旬報のベスト映画はヒットせず、ヒット映画は評論家ウケが悪い。言わずと知れた、日本映画の常識だ。しかし日本の映画界が抱えている、ある種の構造的問題が、このコトバの中に如実に示されている。そもそも「ヒットする映画」と、「評論家の評価する映画」とは、同じ「映画」という言葉で示されても、作品としては別ジャンルの似て非なるモノなのだ。本来表現物として、まったく位置づけが違う。
どんなジャンルの表現物でも、純粋芸術の作品と商業芸術の作品は、別の価値観を持っている。使うマテリアルとか、作品の形式とかで似た要素を持っていても、両者の作品は決して同一視すべきモノではない。たとえば平面ビジュアルであっても、ファインアートの作品と、グラフィックデザインの作品はあきらかに異なる。この違いは映像作品にもある。欧米では映像においてもこの両者は似て非なるものとして認識されている。日本の映画界においては、なぜかこの両者が未分化なまま今にいたっている。
その第一の理由は、長らく映画の上映チャネルが限られていたことによる。どんな作品であっても、映画は限られた数の、それも配給系列に縛られた映画館で上映するしかなかった。芸術性の高い文芸作品でも、エンターテイメント作品でも、かける映画館は同じ。音楽でいえば、クラシックもロックも、現代音楽も演歌も、みんな一くくりにして、同じコンサートで共演するようなモノ。これでは、本来別の表現としてそれぞれのジャンルを確立すべき表現が、未分化のまま混同されてしまっても仕方ない。劇場が上映作品で差別化を図りはじめたのは、映画の低迷期になってからであり、映画の黄金時代にはそのような発想はなかった。一度でき上がってしまったシステムは、そう簡単に変わるモノではない。日本の映画メジャーの行動原理の中で、芸術作品と大衆作品の線引きができていないのは歴然たる事実だ。
もう一つの理由としては、映画は制作に必要なコストがほかの芸術表現に比べると高く、作家が自分で自主的に作品を作ることが難しかったことがあげられる。もちろん、自主制作、自主上映という道もなかったわけではない。しかしその場合、かけられる制作費にはおのずと限度がある。自主制作映画の多くが、言いたいモノが言いきれないような、煮え切らなさを持っているのはこのせいだ。当然企画の内容によっては、自主制作ではリクープ不可能というモノも多い。したがって芸術作品を撮りたい監督も、ある規模以上の作品を作りたいのなら、配給と一体化した商業映画の資本に依存し、その枠の中で映画を撮らざるを得なかった。

・プロデューサーの不在が日本映画の不幸を生んだ
これらの問題は、日本の映画会社は配給に経営の基盤をおいていたことに由来している。制作は、ハイリスク・ハイリターンのビジネスであり、どういう作品にどのぐらい投資するかを決めるには、独自のセンスとノウハウを必要とする。一方配給は、チャネルさえ持っていれば、興行主からの日銭が安定的に入ってくる。資金はかかるもののリスクの少ない、いわば装置産業的なビジネスだ。ましてや映画が全盛だった昭和20年代、30年代なら、中身は何でもかければ当った。ノーリスク・ハイリターンだったとさえ言える。このように経営が配給主体であれば、制作はいかにラインナップを埋めるかというだけになってしまう。当然、劇場でかけられれば中身など何でもありで済んでしまう。こうなると作るほうも、うまくラインナップの中にまぎれこませば、芸術性の高い文芸作品でも撮れてしまう。ここに日本独自の、芸術文芸作品とエンターテイメント作品が同列に語られる土壌が形成された。
一方アメリカは、法律で制作と配給・興行の兼営が禁止されていた。このため、制作会社と配給会社は別のビジネスとして成長を遂げた。制作会社は資金を集めるとともに、ハイリスクな作品を組み合わせたポートフォリオを作ることにより、リスクヘッジをかけ、安定的な資金の運用を図る必要があった。このノウハウを専門的に行うために生まれた職種がプロデューサーである。プロデューサーは「片手に台本、片手にそろばん」といわれるように、企画を読み切り、個々の作品を当てるには、脚本、監督、俳優、特撮等どこにどれだけ金をかけるかを決めるだけでなく、その金を投資家から集めてくるところまでも仕事だ。
監督、俳優をはじめ、映画制作に関わる多くのスタッフが、心置きなく自分の職務に没頭できるのは、プロデューサーがそのための環境を整備するからこそ可能になる。いわば「スタッフの演出家」だ。このようにプロデューサーは、資金を投資する側と、実際の作品を制作する側を結ぶとともに、その両者が互いに干渉しないように、それぞれの世界を独立したモノとして完結する役割も担っている。この役割分担の明確化が、映画産業をビジネスとして確立した。
監督が作りたい作品を決めるのではなく、プロデューサーが作りたい作品を決めて、ピッタリの監督に任せて作らせる。これが、作品の質を高め、また、ヒットを当てる原動力となる。映画制作会社のビジネス上のキーマンとして、プロデューサーを必要としたこと、そして実際にそのためのプロフェッショナルな人材を創り出したことが、その後のアメリカ映画ビジネスの強さを生み出したといっても過言ではないだろう。
大きな資金を投入して、エンターテイメント大作制作の判断をするのも、限られた資金をウマく活用して、質の高い作品を作るのも、どちらもプロデューサーの手腕にかかっている。単なる金庫番とも、金の力にものを言わせて中身に口を出すオヤジとも違う、本来のプロデューサーがいてこそ、大作は大作なりの評価、質の高いものは質が高いなりの評価を受けることができる。芸術文芸作品とエンターテイメント作品の同一視は、いってみればキネマ旬報のベストランキングの問題でしかない。しかしそれと同じ構造的問題から、結果的にプロデューサーたる人材を必要としなかったところに、日本の映画界の不幸がある。この問題は今後、今まで以上に日本の映画界を悩ますことになりかねない。

・メディア革命と日本の映画ビジネス
21世紀を目前にして、映像をめぐる技術は革命的な変化の時代を迎えている。これが映像ソフトビジネスたる映画ビジネスに与える影響は並々ならぬモノがある。第一の影響は、制作プロセスの変化だ。ディジタル化により、映像の製作費は格段に安くなる。フィルムと同等のクオリティーを持つ電子映像の登場は、フイルムなしでの映画制作を可能にする。これだけでもコスト効果は大きい。それだけなく、撮影機材や編集機材もディジタル化により文字通り「桁違い」に安くなった。編集プロセスを見ても、CG技術や合成技術の進歩は、コストのかかるポストプロスタジオを必要としない、新たな映像制作プロセスを生み出した。これまた大きなコスト要因だったスタジオセットも、大型のセットをCGIにより代替するヴァーチャル・スタジオの技法により、作品のスケールに関わらず大幅なコストダウンが可能となった。
一方作品のデリバリーも大きく変わる。メガインフラの時代になり、映像メディアはより多様化し、誰にも、安く利用可能となる。土地に縛りつけられる劇場に変わり、ケーブルや衛星などのディジタル回線を活用した「ヴァーチャル劇場」が生まれれば、全国、いや全世界に散在するファンを一つに結び、彼らを相手に「興行」することも可能になる。こうなると映像ソフトを巡るお金の流れも大きく変わってくる。今まで基本的に軸足が別の世界にあった「テレビビジネス」と「映画ビジネス」だが、このようなメディア環境の中では、両者の中間的なポジションで行われるソフトビジネスが増えることは間違いない。
このように映像をめぐる環境は、大きく変わっている。そして映像をめぐる市場も、大きく拡大しつつある。こういう時代では、マスマーケットでウケるエンターテイメント作品の生み出す富も大きくなる。しかし同時に、芸術性の高い作品を制作し上映するチャンスも広がる。この二種類の作品の市場は、まったく別のモノとしてそれぞれ確立するだろう。幸い、日本の制作現場には、芸術作品にしろ、エンターテイメント作品にしろ、それなりのクオリティーの作品を生み出すことのできる人材がいる。しかし、彼らを生かすも殺すも、新しい映像メディア環境の下でソフトビジネスを行えるプロデューサーが育つかどうかにかかっている。この構造変化に対応できるプロデューサーを育てられるかどうかが、これからの時代に日本の映画界が生き残るカギとなるだろう。


社内文書(96/6)




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