'96年 ネットワーク社会の到来と音楽ビジネスの展望

(その1)



1.ネットワーク元年
インターネットとか、ホームページとか、コンピュータネットワークに関わるコトバは、経済新聞、産業新聞のみならず、一般紙をはじめ、スポーツ新聞、女性週刊誌まであらゆる紙・誌面を賑わせている。これらの用語を聞かずには、一日たりとも過ごせそうにない。企業も、個人も、ネットワークを使いこなし、情報収集や発信を行うのがブームになっている。ネットワークを制するものが、これからの情報化した社会を制するかのようだ。
特にこの数年、音楽業界は世の中に先行するカタチでコンピュータ化が進んでいるだけに、このネットワーク化ブームをどうとらえチャンスに変えてゆくかが、ビジネスの大きなカギとなるようにも見える。しかしその実体はどうなっているのだろうか。これだけ話題になっているワリには今一つ見えてこないというのが、多くの人々の実感ではないだろうか。
この記事では、話題の渦中にあるこれからのネットワーク社会の到来が、今後音楽業界にどんな影響を与えるかについて考えてゆきたい。まず、情報スーパーハイウェイの提案以来一躍話題の中心となった、インターネットを中心とするコンピュータネットワークとは何かについてみてゆこう。

2.ネットワークで何が変わるのか
新しい情報ネットワークが作られ、今までになかったような情報が、今までになかったようなカタチで飛び交う。それはそれですばらしいことだし、大きい変化なのだが、基本的にネットワークは社会のインフラストラクチャであることを忘れてはならない。ネットワークはそれを利用し何かを行うためのツールであり、使うこと自体が目的となるものではない。インフラは、それだけで何かができるというものではない。ネットワークを利用する人がいて、コミュニケーションのニーズがあってはじめて、ネットワークの価値が生まれる。そしてその価値は、使って得られるメリットに基づくものだ。
だから、インフラはユーザからはブラックボックスでいい。ちゃんと使えれば、それでいい。安く速く確実に使えるなら、その構造や仕組みは関心外だ。たとえば電話をかけるとき、電話の仕組みや技術に思いを馳せる人が何人いるだろうか。国際電話をかける場合など、意識することはないが、裏では音声をディジタル化した上で多重化したり、縦横に光ファイバー網や衛星回線を通ったりと、最先端の技術が複雑に駆使されている。だが、電話をかける人には、こんなことはどうでもいい。国際通話料が高いか安いかのほうが、ずっと問題だろう。
ダイレクト・メールや通販のカタログは、小包に代わり宅配便で配ることが多くなった。カードの配達も取り扱うかどうかで、信書の定義の問題にまでさかのぼって、運送会社と郵政省との間でもめている。しかし誰が配達するかは、ユーザにとって関心のないところだ。速く確実にちゃんと届いて、留守のときとかのサービスがよければ、誰でもいい。これがユーザの本音だ。いいインフラとは、その存在を感じさせずに、その上のサービスを享受できるもの。将来のディジタルネットワークでも、これは同じだ。

3.音楽制作の現場とネットワーク
十数年前から音楽制作の現場ではディジタル化が進展し、もはやディジタル技術なしでは音楽が作れないまでになっている。この十年間の変化を見てゆくことは、今後新たなテクノロジが音楽ビジネスにどのような影響を与えるか見る上で重要だ。事例として、筆者の関わってきたCM/ビデオBGM業界における変化をみてみよう。
音楽の現場でディジタルテクノロジの影響は、シンセサイザーの発展に始まる。1980年代の初頭までは、CM/ビデオ等でオリジナルの音楽を使おうとすると、ミュージシャンを集めてスタジオを借り録音するなど、原盤制作と同様のコストがかかり、一曲数十万円を下らなかった。この時代においては音源タイアップは音楽コストを削減する手段であった。
しかし、シンセサイザの発展によるDTM(Desk Top Music)技術の進歩により、作曲者やアレンジャーが、直接マスターを作成し納入することが可能になった。これにより音楽制作コストは一桁低下した。この音楽制作業界への影響は大きく、本当に実力のあるものにとってはチャンスが拡がる反面、暴利をむさぼっていたレベルの低いものは淘汰されることになった。
一方CMやプロモーションビデオの制作者にとっては、オリジナルの音楽の利用が容易になることで表現の幅が広がったり、制作費のコスト弾力性が増したりといった、プラスの影響こそあれ、本質的な部分に影響があったわけではない。
ディジタル化は、手先の手間の部分を大きく変えたが、付加価値の本質は変えない。その分、金も利権もないけど、本当に才能があるクリエーターにとっては、より大きなチャンスを与える。この影響は、他の音楽制作現場でも起きている。たとえば再発CDの銘盤ブーム、そしてそれにより起こった往年のビッグネームの再編・復活ブーム。これも、ディジタル化により音楽が手軽に楽しめるようになった反作用として、ファンが時代を越えた本物を求めはじめた結果だと見ることもできる。
音楽においては、現場でのディジタル化が進展している。だからネットワーク化が進めば、そのツールとしてのメリットはすぐにも享受できる。ネットワーク化によって、一層のコストダウンやイージーオペレーションが期待され、変化が加速されることが予想される。しかし同時に、ディジタル化と同様、今後新たな構造変化が起こることは考えられない。

4.音楽プロモーションのツールとしてのネットワーク
アメリカでは、インターネットによる音楽プロモーションが盛んになっている。アルバムのライナーノーツやツアープログラムに、ファンクラブの私書箱とならび、ホームページのアドレスが書かれているのに気づいた人も多いのではないか。インターネットのホームページを使ったプロモーションは、話題性が高いが、あらゆる業種で有効というワケではない。しかし、音楽業界の持つ特徴にはマッチしている。ファンは広く浅く全国に散在し、プロモーションコストも、自動車や食品に比べると小さい。このため、都市部だけならいざ知らず、全国一斉のプロモーションをかけるほどのコスト負担力はなかった。そこでいままでのプロモーションは、店頭展開と、FM等のラジオ展開、DM等のファンクラブ活動が中心だった。
これを強力にサポートするものとして、ターゲットを限ってツーウェイでコミュニケートできる、ネットワークが利用されている。また、学校・オフィス・家庭でコンピュータ接触率の高い若手層ほど、ヘビーユーザが多いのも相乗効果を生む。さらにファンは、最新情報を得られるのなら積極的にアクセスしたがるため、利用率が高まるという特徴もある。また、時代をリードする斬新なイメージのあるアーティストでは、インターネット利用のイベントなど、そのパブリシティー効果を活用し、イメージアップを図る方法も取られている。先頃行われた坂本龍一氏のツアーは、記憶に新しい。
日本でも、すでにソニーミュージックがホームページを開設し、アーチストごとの新譜紹介などのプロモーションに利用している。もともとインターネットのヘビーユーザだった理系の学生やソフトエンジニアに人気の高い、谷村有美、遊佐未森等のアーチストではで高い効果を発揮し、「秋葉系アーチスト」というコトバも生まれた。
それだけでなく、彼らに人気の高い谷山浩子などのアーチストでは、ファンの間で自主的なホームページが作られ、オンラインファンクラブとして情報交換の場にさえなっている。このようなボランティア的な盛り上がりが期待できるのも、ネットワークならではの特徴だ。
オリジナルコンフィデンス 96年1月1日号



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