広告関連領域におけるディジタル化の波と広告業界への影響

(その1)



1.広告会社とディジタル化

○広告関連領域に於けるディジタル化の動き
現状と今後の展望、ディジタル化の進む領域

コンピュータ技術の発展に伴い、画像や映像音声などの情報をコンピュータデータとして処理加工する「マルチメディア」が実用化されはじめた。広告、プロモーション領域の作業は、最終的にはその制作物を印刷物や映像などのカタチにまとめるものがほとんどであり、これらの制作物の制作過程においては、「マルチメディア」技術を活用することで、いままで人力に頼り労働集約的に対応してきた製作作業を機械化し、より速く、より手軽に、ローコストで実現することが可能になった。

○デジタル化の発展が専門技術に与えるもの
変わらぬ部分、変わる部分

このように広告周辺業務において、ディジタル化の影響を受ける部分は、主として制作物の「製作」過程に属する部分である。すなわち、もっとも専門性のある「技術スキル」を必要とする作業が、機械化されることに特徴がある。言い換えれば、広告会社の果たすべき役割である「企画・立案」作業である「制作」過程においては、新しいプロセスに関する「理解」こそ必要であるものの、ディジタル化で本質が変わるワケではない。一方製作過程は、主として協力会社が受け持っている領域であり、ディジタル化への対応および、それがもたらす作業の「近代化」への対応は、これらの企業にとっては致命的な死活問題となる。

○ニューメディアブームの残したもの
本物の強みがあれば安泰、利権だけのヒトは化けの皮が剥がれる

1970年代の末からおこった「ニューメディアブーム」は、80年代を通して席巻から終息への道をたどった。90年代に入った今からその道のりを振り返って理解できることは、「どんなテクノロジも、物事の本質を変えることはない」ということである。メディアが増えれば増えるほど、本当に魅力あるソフトを作れるノウハウをもったものにとっては、ビジネスチャンスは拡大する。一方、過去のメディアビジネスのように、免許利権にだけしがみついて、本当に自分が持つべき強みを開発しなかったものは競争の中で生き残れない。広告周辺領域に於けるディジタル化のもたらすものも、本質的にはこれと同じことである。

○<事例>シンセサイザーの発展と、CM/ビデオBGM業界の変化
コストは一桁低下して、なにが変わったか

ディジタルテクノロジが、広告会社の周辺でビジネスのありかたを大きく変えた事例としては、シンセサイザーの発展による、CM/ビデオBGM業界の変化をあげることができるだろう。1980年代の初頭までは、CM/ビデオ等でオリジナルの音楽を使おうとすると、ミュージシャンを集めた上でスタジオを借りて録音するなど、原盤制作と同様のコストがかかり、一曲数十万円を下らなかった。この時代においては、音源タイアップは音楽コストを削減する手段であった。しかし、シンセサイザの発展によるDTM(Desk Top Music)技術の進歩により、作曲者やアレンジャーが、直接マスターを作成し納入することが可能になった。これにより音楽制作コストは一桁低下した。この影響としては、音楽制作業界では大きく、本当に実力のあるものにとってはチャンスが大きくなる一方、暴利をむさぼっていたレベルの低い音楽制作会社は淘汰されることになった。しかし、CMやプロモーションビデオの制作者にとっては、オリジナルの音楽の利用が容易になることで表現の幅が広がったり、制作費のコスト弾力性が増したりといった、プラスの影響こそあれ、本質的な影響があったわけではない。

○<事例>ワープロ普及のもたらしたもの
誰でも使えるようになって、かえって本物だけ残る

ディジタル化の本質を示す、もっと卑近な例としては、ワードプロセッサの利用をあげることができる。ワードプロセッサ登場の初期においては、「キレイな字が出てくる」というだけで人々は驚き、それが付加価値を生んでいるかのごとく思った。ワープロの操作にさえ習熟すれば、それだけで誰にでもいい文章がかけるものと勘違いしたのである。
しかし本質は逆だ。多くのヒトが、ワープロを本当に使いこなせば、熟考した推敲が容易にできることに気付いた。すわなち、ワープロを使う意味は、キレイな文字ではなく、よりよい文章が作れる可能性にあるのだ。
本当にいい文章を書く能力のあるヒトは、ワープロを使えば、よりよい文章をかける。しかし、文才のない人間はワープロを使っても、よい文章がかけるわけではない。かえって文字が読みやすいだけに、その文章のいたらなさが誰にでも見えてしまうのがオチである。このようにディジタル技術とは、あくまでも人間にとっては道具であり、魔法の道具ではない。単なる手段に過ぎないのである。

○<事例>いいプレゼンテーションとは何か
見掛け倒しでは化けの皮がハゲる。大事なのは中身

このような傾向は、最近話題となっている「マルチメディア技術を活用したプレゼンテーション」においても、まったく同じである。もともと独創的ですぐれた企画であれば、それを最新技術を活用したプレゼンテーションで紹介することによって、ますます説得力あふれるものとすることが可能である。しかし、もともと無内容でレベルの低い企画は、ハイテクプレゼンテーションによりその無内容さがかえって相手に明確に伝わってしまうのがオチである。ディジタル技術は、基本的に民主的、平等的な性質があり、いままで実力もないのに偉そうに威張っていた人達を「裸の王様」にしてしまう特徴があるのである。広告周辺領域に於けるディジタル化への対応を考える上でもっとも重要になるのは、実はこのような視点ではないだろうか。


講演資料(94/4)  



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