ディジタル技術のメリットとその利用




1.「ディジタル化」の消費者・生活者にとっての意味

少なくとも、ディジタル化は、ユーザにとって意味のあるものではない。
民生品においては、意味のないコトバも、製品のキャッチコピーとしてよく使われる。「ディジタル」というコトバも、その後あらわれてきた「ファジィ」や「ニューロ」と同じく、キャッチコピーとしては使われるものの、中身をともなったコトバとはいえない。「ディジタルなんとか」という製品は、そのメカニズムとか、純技術的な面ではとても違うのだろうが、一般の消費者にとっては、広告キャラクタを使って、たとえば「河田純子の○○○○」というのと、なんら変わりがない。
それはなにより、AVソフトにおいては、どんな形でプロセスがディジタル化しようとも、最初に録音なり撮影なりするべきものと、最終的に人間が受け取って楽しむものは、アナログのデータでなくてはならないからだ。ディジタルデータは、あくまでもヒトから見えないところで処理されている「中間型」にすぎない。
ユーザにとって大切なのは、自分の目や耳に入る最終形なのであって、伝送経路の途中でのプロセスではない。何年か前に世の中を騒がせた「ニューメディアブーム」も、ここをはき違えて、単にあたらしい伝送経路が導入されるというだけの問題を、それがユーザにとって何か新しいメリットがうまれるように勘違いしたヒトが多かったことに起因している。
ソフトを見るとき、人々はたとえば「バックトゥーザフューチャ」を見たいのであって、それがちゃんと見られるのなら、それ以上の関心はない。地上波のUでもVでも、衛星放送でもCATVでも、ビデオテープでもLDでも、セルスルーでもレンタルでも、その場でフイルムをかけようとも、その手段はなんでもかまわないのだ。
ユーザにとっての関心は、見たいものがきちんと見られるのであれば、あとは費用対効果だけである。もちろん、価格がおなじなら、絵がキレイな方、音が迫力のある方がいいに決っている。しかし、価格があがってしまうのなら、それはメリットとはならない。技術的な質がカウントされるのは、こういうおまけの部分だけである。
最近は、映画館でもシネマコンプレクス形式のところが増えている。こういう劇場では、お客がこんでくると、大きい劇場でかけているフィルムを、小さい劇場でもかけて波動対応する。このとき、大きい劇場は、映像も音も、より質の高い装置を使っているにもかかわらず、満員になってしまえば、お客さんは座れる小さい劇場の方へ集まる。彼らにとっては、画質や音質よりも、「楽しく見られる」ことが大切なのだ。
このように、ユーザにとっては、自分が直接目に触れ、耳に触れる「最終形」だけが重要なのである。というより、そこでしか判断のしようがない。その途中でどんな技術が使われていようと、自分の見ているものが「トータルリコール」ならば、それは同じである。ディジタルメディアで見た方がシュワルツェネッガーの活躍がスゴい、というコトには絶対にならないからだ。
実際、電話の長距離の回線には、同軸、マイクロ、光ファイバ、衛星などいろいろなメディアが使われている。さらに、搬送方式もアナログ、ディジタルさまざまある。しかし、東京から大阪に電話をかけるヒトが、自分の声がディジタル化されて伝わっているかどうかを気にすることはないだろう(通信関係の技術者でもない限り)。これがすべてを物語っている。


2.CDのケーススタディ

さて、ディジタル化したメディアとして、大成功したものとしては、CDが身近な例としてあげられる。これをケーススタディーとして、CDの普及と「ディジタル化」とが、どういう関係にあったのか見ていきたい。
CDは、記録方式にディジタルを使っている。しかし、このことと、CDが普及し、アナログレコードにとって変わったこととは直接の関係はない。これを、まずはじめに明らかにする必要がある。
CDの普及した要因は、コンパクトで取り扱いやすい、というコトにつきる。これはCDが、CDラジカセや、ポータブルCDプレーヤーの普及により広くゆき渡ったことからもわかる。すでに70年代末から、パッケージソフトの売上は、カセットテープ中心となり、レコードは主役の座を奪われていた。これは、音楽ソフトの聞く方法が、この時代からオーディオセットからラジカセにうつったからだ。
では、CDとカセットテープは、どういう代替関係にあるのだろうか。CDはカセットテープと同様にコンパクトで持ち運びやすい。また、バッグや鞄の中に入れたとき、CDケースの「薄さ」は、コンパクトカセットに比べて大きなメリットがある。その上に、ランダムアクセスができる、A/B面の区別がいらない、といった、さらに簡便で取り扱いやすい魅力を持っていた。これが当時の「軽薄短小」とよばれたトレンドにフィットし、普及につながったのだ。これは、その簡便さが強調されるCDラジカセなどの機器が出てはじめて、爆発的普及につながったコトからもわかる。厳密にいえば、CDはアナログレコードにとって変わったのではなく、カセットテープソフトにとって変わったというべきであろう。
確かに、測定器的にみれば、CDはディジタル化によって音がよくなったのかもしれない。しかし、こんなコトはユーザにとってはなんのメリットももたらさない。
もし、音質や画質といった「クオリティー」の問題が日本の消費者の選択基準になるのならば、あの違法ダビングによる海賊版ビデオの問題や、市販のアルバムからソースを集めたコンピレーションCDといった、現在大きな問題になっている日本の著作権問題が起きるはずがない。ユーザというのは、ダビングビデオの画質程度なら、なんら気にならないし、質が落ちても楽しめれば安い方がいいと思っているのだ。誰だって、ハイビジョンでつまらない映像を見せられるよりは、白黒TVでもおもしろいソフトを見たいに決っている。
しかし、CDの「軽薄短小」化に、ディジタル化が無縁かといえば、これは間違いである。ディジタル化したからこそ、小型化・軽量化は実現できた。すなわち、間接的な形では、ディジタル化のメリットは出ている。このように、ユーザに直接メリットとなるようなものにディジタル化によってうまれたメリットを生かさなくては、マーケティングにつながらないのである。
これは、今後の技術の応用を考える上でも大きなポイントとなってゆくだろう。


3.ディジタル化のメリットとデメリット

さて、ユーザの視点を一歩離れて、純粋に技術的な面からディジタル化のメリットとデメリットをとらえると次のようになる。

○ディジタルのメリット

・部品や回線等が低品位ですむ
ディジタルでは、同じクオリティーの製品を作るのでも、より安く小さい部品の組み合せで実現できるので、ローコスト化や、小型化がしやすいばかりでなく、パッケージや回線も含めたトータルなメディアのコストを低減できる可能性を秘めている。

・ダイナミックレンジを稼ぎやすい
アナログではダイナミックレンジを2倍にするには、帯域そのものを2倍にする必要があり、情報の量も倍増するが、ディジタルでは数%情報の量が増すに過ぎない。このため、ダイナミックレンジが重要なオーディオソフトなどでは、ローコストでハイクオリティーの再生が可能になる。

・S/Nを稼ぎやすい
ディジタル信号は伝送経路や、各種回路でのノイズの影響を受けにくいため、元のアナログ信号に戻したときのS/Nが劣化しにくいメリットがある。特に、ダビングなどの編集作業をくりかえした場合この差は大きく、ポストプロダクションにおいては大きなメリットがある。

・データ加工しやすい
ディジタルデータであれば、信号に対するエフェクト処理や合成といった加工が、数値の演算という形でコンピュータ処理できるため、アナログのままと違って、高度な加工が可能になる。また、音声、映像など、違ったタイプの情報も、「ディジタルデータ」という面では共通にコンピュータデータとして扱えるため、マルチメディア化が可能になる。

・処理の再現性
編集、エフェクトなど、ソースデータに対して行う処理がすべてパラメータで記述できるため、アナログ処理と違い、全く同じ処理が容易に何度も再現可能であり、作業の効率が高まる。

・時間に対してリニアでなくてもいい
量子化したデータは、バラバラに扱えるため、アナログ情報のように時間軸に縛られていないため、たとえば、低容量の回線でリアルタイムの何倍かの時間をかけて、ディジタル化した音声データを送るコトも可能である。


○ディジタルのデメリット

・情報量が増える
情報理論により、ディジタル化した情報は、生のアナログ情報の持っている帯域の倍の帯域が必要てあり、現実的にはそれ以上に必ず情報量が増大する。これを防ぐにはなんらかの方法で圧縮が必要である。

・A/D、D/Aのプロセスが必要
数値データやテキストデータなど、最初からコード化された情報を扱うのでなければ、取り扱う情報はアナログ情報であり、ディジタル化するためにはA/D変換のプロセスが必要になる。また、データを人間が利用するためには、最終的にD/A変換し、アナログ情報に戻す必要がある。このように、必ずA/D、D/Aという変換プロセスを必要とするため、このためのコストがかかるばかりでなく、最終的なクオリティーが、ディジタル部分とは別にこれらのA/D、D/Aプロセスによって規定されてしまう。

・最低限のコストが高い
アナログレコードなら、昔のSP盤のように、パッシブ式に針とメガホンでも再生が可能である。しかし、CDではどう間違っても、なんらかの電子回路でD/A変換する必要がある。このようにディジタル化すると、最低限必要とされる機器があるため、この分のコストがかかってしまう。

・手間がかかる
人間が直接I/Oできる情報がアナログしかない以上、ディジタル情報は、そのハンドリングに必ず手間がかかることになる。またこれによって、アナログでは必要のないコストが発生する。

・誤差が発生したときの問題が大きい
ディジタルデータは域値の上下さえわかれば正確に伝わるため、かなり質の悪いメディアでも伝達可能であるが、ノイズがのって一旦域値の上下がわからなくなると、回復不可能なほどにデータそのものが破壊されてしまう。アナログであればどんなにノイズがのっても、なんらかの情報は「適当に伝達」される。ちょうど、数コマちぎれても、映画そのものは楽しめるように。


これらの純粋に技術的な要因に、コストの要因を加え、ディジタル化に向くソフトや機材と、ディジタル化に向かないソフトや機材を見てゆこう。


4.ディジタルに向くものと向かないもの

・もともと、周波数帯域の狭いものはディジタル化に適しているが、周波数帯域の広いものは適さない。

→ディジタル化しても、チャネルの容量や搬送周波数に余裕があり、同じチャネルでそのまま伝送できるならディジタルの持つメリットが生きるが、ディジタル化したことにより、新たに大容量なチャネルが必要になると、コストアップになり、必ずしもメリットが生きない。

<例>
○オーディオソフト
×映像ソフト

・加工処理の多いものは適しているが、単純な再生しかしないものには適さない。

→ポストプロダクションなど、加工が必要な作業をくりかえす場合は、ディジタル化によるコストアップも、ダビングによるS/Nの劣化が防げるメリットを考えれば問題にならないが、単純な再生しかしない場合は、ディジタル化によるコストアップが吸収できるだけのメリットがない。

<例>
○編集用VTR
×家庭用VTR

・小型化軽量化が必要だったり、付加価値になったりするものには適しているが、大きさが問われないものには適さない。

→部品のクオリティを下げ、より小さい製品に組み込むためには、あるレベルを越えると、ディジタル化によるコストアップよりも、安い部品が使えるメリットの方が上回り、ディジタルにした方がコストがかからずにすむ。

<例>
○コンパクトディスク
×アナログディスク

・コード化しやすいデータあるいは、すでにコード化されているデータはディジタルに適しているが、コード化しにくいデータは適さない。

→データそのものがコードだったり、データにコードをつけることで付加価値が増すような場合には、ディジタル化した場合、その後のハンドリングの容易さがメリットとなるが、そうでないデータはディジタル化の問題点の方が顕著に出てくる。

<例>
○テキストデータの伝送
×画像データの伝送

・伝送経路が一貫しており、大容量のチャネルを確保できる場合には、ディジタルもアナログも変わりがないが、いろいろなタイプのチャネルを組み合わせて伝送しなくてはいけない場合は、アナログの方がつぶしがきく。

→リアルタイムで送る場合、容量の違う回線をいろいろ組み合わせたり、状態のわからない回線があっても、アナログであれば「だましだまし」なんとか送ることができるが、ディジタルの場合は、場合によっては間で一旦アナログに戻したり、場合によっては、リアルタイムでの伝送が不可能になったりする。

<例>
○専用データ回線
×マラソン中継の入中の中継回線

5.ソフトのユーザにとってのディジタル化のメリット

○直接的なメリット

以上見てきたように、ユーザにとってのソフトの評価は、
・ソフトの質的な評価 (内容の面白さ)
・ソフトを楽しむのに必要なコスト(直接的なコストと、いかに手軽に楽しめるか
という間接的なコスト)
の、二点に集約される。
これ以外の評価軸を持ってるのは、それこそクラシックの演奏をオシロスコープに喰わせて、その波形を楽しむような特殊なマニアだけである。このようにユーザの評価は「楽しさをキーにしたコストパフォーマンス」というコトができる。
これ以外の評価軸がない以上、ユーザにとっては、直接的なディジタル化のメリットはほとんどない。したがって、ディジタル化のメリットといえば、次の「間接的なメリット」というコトができる。


○間接的なメリット

ユーザにとってのソフトのコストパフォーマンスをあげるためには、
・内容を面白くする
・ソフトを安く提供する
・ソフトを手軽に楽しめるようにする
という三つの方法が考えられる。
ユーザにとって、ディジタル化のメリットがあらわれるのは、この三つの面である。

これは、技術の方向から見ると次の3パターンにわけられる。

1)制作機器、編集機器といったスタジオ機器のディジタル化により、ソフトの制作段階において、質の高い処理がローコストで可能になるとともに、今まで不可能な処理が可能になる。

2)ソフトを楽しむためにのハードが、よりコンパクトで手軽に使えるようになるとともに、そのコストも低下する。

3)ソフトを提供するためのチャネルが多様化するとともに、コストダウンし、より安く、簡単に面白いソフトが楽しめるようにする。

これを実現する方向で、ソフトの制作および、流通チャネルにおいてディジタル技術が利用された場合、はじめてユーザにとってメリットのあるディジタル技術の使われ方だということができる。

講演資料(1991/07)



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