広告会社におけるチーム・コラボレーションとは



ぼくは、メーカーにおけるコンカレントエンジニアリングとか、事業部間コラボレーションとかにも詳しいのですが、広告会社の作業とは、物理的にものを作るかどうかという点を別にしても、二つの点で大きく違います。

1.基本的に、メーカーにおける、技術者、デザイナー、マーケッターといった、それぞれの職能ほどには、広告主を担当するチームの構成員の職能には差がない。このため、メーカーにくらべると、構成員間での情報や価値観の共有が容易である。

まあ、頭の固いマーケとか、体育会的下働きしかできない営業とかはそもそも論外としても、優秀なアドマンであれば、キャンペーンプランニングに関しては、肩書きがなんであろうとも、できて当たり前です。しかし、メーカーではそうはいきません。そもそも違う職能間では、言葉が通じないこともよくあるのです。

2.メーカーの場合には、それぞれの職能ごとに責任と発言権があって、全体を統括する役割はどちらかというと「調整役」であるが、広告主担当チームの場合だと、全体を責任持ってリードする役割を持つAEが「牽引役」として引っ張ってゆく必要がある。

これも、1と関連しているのですが、広告でいい提案をするには、全体を「プロデュース」するひと、つまり、金の面も内容の質の面もすべて関わりスーパーバイズするヒトがいないと、ともすると一貫性に欠ける提案になってしまいます。メーカーの場合は、基 的に全体をまとめるひとは、マネジメント以上のことはやりようがありません。これは、「もの作り」と「ソフト作り」の決定的に違う本質的な点です。

というのが、広告会社の組織構造の特徴です。これは、ソフト的なモノ作り特有の構造みたいです。逆に、もの作りの構造的な制約を越えるために、ソフト的なチームコラボレーションのよさをどう取り入れるかというのが、昨今の製造業組織論のポイントなワケです。

で、問題はちょっと違うところにあります。組織構造はいいのですが、これが機能し、いい結果を生むかどうかがひとえに、「メンバーの質」にかかっている点です。電通には古くから、「電通は人が資産」というコトバがあります。広告会社の組織構造のネックを、先人たちが直感的に感じたからこそ、「電通は人が資産」といったのでしょう。もちろん、優秀な人が、社内にあふれていれば問題はないのですが、かならずしもそういう理想的状況ばかりじゃない、というところに問題の源泉がひそんでいるわけです。

逆に考えれば、優秀なヒトさえ集めれば、それで基本的に問題が解決しちゃうのも、広告業界の特徴といえるでしょう。変にチームでやるより、優秀なヒトが一人で全部の果たすべき機能をこなしたほうが、絶対に対応は速い。それと、一人が全責任を負って、その一人が得意先の信頼が厚いというほうが、クライアントからみても説得力が高い提案になる。

日頃からのつきあいの中から知ってる、クライアントの特性やニーズをもとに、キモを押さえたコンセプトを立てて、自分の頭の中にキャンペーンを構築する。ここの部分は、出勤途中の電車の中でも、飲み屋のトイレの中でも、湧いてくるモノは湧いてきますよね。ここから先は、実際の現場のデザイナーや演出者が、「よっしゃ、その通りつくったる」って気負うぐらい、明確なディレクションをすればいい。

AE、CD、MD、SPDというのは、あくまでも機能であって、肩書きや職能ではない以上、これを一人の人間が全てこなせるのが理想だし、それがいちばん強いはずですよね。さらに、広告業界で生きたいと思っている以上、この、「完璧なアドマン」を目指さずして、どこに夢があるというのでしょう。

理想論と言えば理想論だけど、これができないと、広告会社は、確実に存在意義を失う。やらなきゃいけない。一人でアカウントは取れる。しかし、組織をバックにすることで、さらに大きい仕事が取れる。こういう意気込みを持った人間でなくては広告会社はいらないと言ってもいいでしょう。夢は大きく。しかし、それを夢に終わらせないことが、アドマンにとってはもっとも大事なのです。


講演資料(95/07)



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