1996年アメリカ電気通信法の改正とFCCの歴史





1.96年電気通信法改正の概要
アメリカにおいては1996年2月、1934年以来62年ぶりの電気通信法改正が行われた。この改正では、具体的な施策より政策の方向付けが主眼となっており、
1.今までFCC規則という運用面で対応してきたルールを法律の条文とする
2.大幅な規制緩和や競争原理の導入により「強い電気通信事業者」を育てる
の2点を柱とし、具体的には以下のような項目が盛り込まれている。

1) 電気通信サービス関連
a.過去のFCC規則の条文への取り込み
・相互接続義務
すべての電気通信事業者、地域電話会社は相互接続義務を持つ
・接続ルールと事業者間の交渉手続き
州委員会またはFCCによる認可基準および裁定ルールの明確化
・番号管理基準
番号に関するFCCの管轄権と、管理運用ルールの明確化
・顧客プライバシーの保護義務
業務上知りえた顧客プライバシーの保護義務の明確化
b. 地域電話会社に対する規制緩和
・長距離通信への参入の自由化
地域電話会社の長距離通信への参入を認め、その基準を明確化
・他地域への相互参入の自由化
地域電話会社の他地域での通信事業への参入を自由化
・CATVと電話会社の相互参入の自由化
相互の事業参入を自由化、但し相互の買収及び合併は原則禁止
・電気・ガス等公共サービス会社の電気通信事業への参入自由化
FCCが認める電気通信事業への資本参加を自由化

2) 放送サービス関連
a.資本に関する規制緩和
・外資規制の緩和
外国人役人がいる米国企業に無線免許を許可、全面緩和は今後
・集中排除原則の緩和
所有規制をテレビ局(カバレッジ35%)ラジオ局(原則自由)に緩和

b.事業に関する規制緩和
・免許期間・免許条件の緩和
免許期間を8年に延長し、更新ルールも「原則自動延長」に緩和
・CATV料金規制の緩和
FCCが行っていたCATVサービス料金の認可制度を緩和
3) その他
a.猥褻・暴力表現に関する規制(インターネット・CATV・Vチップ)
猥褻・暴力表現を伴うソフトについて、規制条件を明示
b.公共性の確保(ユニバーサルサービス・障害者対策)
電気通信事業者は、公共利便サービスに対応する義務を明示
c.非対称規制の見直し(競争原則の確保)
電気通信における自由競争を保証し、競争原理を原則とする
d.次世代ディジタルテレビ(ATV)導入
周波数競売問題をはじめ、重要な問題は事実上先送りとなった



2.電気通信法改正の影響
1)インフラビジネスへの影響
SBC-PacificBell、AtlanticBell-ナイネックス、MCI-BT等の合併が成立
a. 企業間の競争が激化するとともに、基盤の弱い企業は淘汰の時代に入る
1980年代の航空自由化に匹敵する大競争時代の到来
b. 競争による企業統合によりメガインフラ企業が登場する
電話、データ通信、CATV、長距離通信、衛星等、通信インフラの統合企業
c. 「情報スーパーインフラ」実現の可能性が高まる
バックボーンとCATVの一体化によりファイバー・トゥー・ホームが現実化
d. アメリカ国内を制したメガインフラは国際化を指向する
国内、国際通信ビジネスの融合によるグローバル・メガインフラの実現

2)ソフトビジネスへの影響
a. チャネルの拡大によりソフトのビジネスチャンスは活性化・多様化し拡大
b. インフラとソフトビジネスをつなぐビジネスとして、ネットワーク/シンジケーションの役割は一層重要化
c. ソフトビジネスは設備投資や技術動向といったインフラ関連リスクから一層自由になり、ソフト投資への弾力性が増す

3)日本のメディアビジネスへの影響

<起こり得る問題>
a. メガインフラの登場とNTT分割問題の変質
b. 海外メガインフラ資本の進出(国際通信、衛星、NCC系企業との提携)
c. 免許利権の低下、外圧の強化と、郵政省、守旧派政治家の対応
d. 日本におけるインフラビジネスとソフトビジネスとの棲み分け再構築

○日本のインフラビジネスが生き残るためには、既存の郵政省主導の利権構造を基本とする「許認可・囲い込み」メディア政策から、世界基準に合わせた「自由競争・オープンアクセス」のメディア政策への転換が必須
○早急に対応すれば、日本国内での競争力は確保可能だし、それをベースとした国際競争力確保も可能
○ソフトビジネスにとっては、相手がどこの誰であろうと、「情報スーパーインフラ」が整備されるのは、ビジネスチャンス拡大につながるため歓迎すべき方向



3. アメリカFCC(Federal Communications Commission)の歴史

1934年7月
ルーズベルト大統領により、ニューディール期の「アルファベット・エージェンシー」の一つとして設立
1927年に設立されたFRC(Federal Radio Commission・ラジオの周波数割当の調整組織)を発展的に改組し、有線無線を問わず、放送や通信に関わるすべてのもので、混信を防ぎ有効利用が行われるよう、調整を図る機関とした。
その後戦時下を通し、純粋に技術的な面から周波数の調整等を行う地味な機関であった。

1950年代後半
テレビ黄金時代の到来とFCC汚職の発生
50年代のアメリカン・ゴールデンエイジの到来とともに、テレビ放送も黄金時代を迎え、3大ネットワークが確立。視聴率競争の激化とともに、新免許交付を巡り汚職事件も発生しFCCの腐敗が進む。

1960年7月
アイゼンハワー大統領による改革「FCCの政策についての報告と声明」
FCCに対する世論に応え、改革を実施。放送に関しては公共性を重視し、FCCに番組編成に対する権限を与える。以後のこの方針は民主党のケネディー大統領にも受け継がれ、60年代の前半を通して、電波行政官庁として政策官庁としてのFCCが誕生。また、オールチャンネル法(UHFの割当)も権限強化をもたらす。宇宙開発時代を受けて、宇宙通信の推進官庁としてもクローズアップされる。

1960年代後半
通信・放送に対する規制方針の確立
権限強化を受け、通信・放送に対する基本政策が確立する。放送に対する基本的な規制方針は、公共性と公平性の名の元に確立。アメリカのテレビビジネスを代表づけるといわれる、ネットワークとローカルに関するルール(ネットワーク番組のシェア規制やFISR)、放送局所有数の制限、CATV規制の実施(FCCのCATVに対する権限の確立)、「公正原則」に関する調停権限などが、この時期に確立した。

1970年代
規制と競争の両立
基本政策の確立を受けて、1970年代には大きな枠組みの中での市場競争の導入と、それに対応した小規模な規制緩和がくりかえされた。この結果、通信分野ではMCIに代表される長距離通信事業者や通信衛星ビジネスが登場し、放送分野ではシンジケーションビジネスや、CATVやペイTVが登場した。このように1970年代は、60年代を通して確立した基本政策を維持しつつ、80年代の構造変革に向けた基盤が熟成された時期と言うことができる。

1980年代
規制緩和と市場原理の導入
レーガン政権の規制緩和政策により、FCCの管轄分野にも規制緩和の波がおよびはじめる。その動きは通信分野から起こり、1982年の司法省の修正同意審決に基づ1984年にAT&Tの分割と、地域電話会社、長距離通信会社の競争促進のための規制が実施された。80年代中盤以降は、放送分野でも規制緩和によるCATVブームが起こり、放送ビジネスの多様化が起こり、ネットワークに対抗するようなカタチで、シンジケーションやプログラムサプライヤ等の業態が大いに興隆した。

1990年代前半
制度と現状の摺り合わせの時代
1980年代以来、規制緩和による業界の構造変化、デジタル・ネットワーク・宇宙等の技術発展による放送・通信基盤の変化が続いたため、現実が先行し、ルールがそれに後から追いついゆく状況となった。特にクリントン政権による、通信の基幹産業化政策の実施以降、既存の制度や法律では対応し切れない状況も増えてきた。このため、その総決算として行われたモノが、1996年の電気通信法改正である。


(96/11/29)



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