すぐわかる地上波デジタル化





1. 地上波デジタル化の意味

なぜ地上波のデジタル化が求められるのか、地上波のデジタル化により何が変わって何が変わらないのか。それは放送という視点ではなく、通信という視点から地上波デジタル化をみてはじめて、明確になってくる。

(1)「放送と通信の融合」の具体化
関係者の議論でよくいわれる通り、現在の日本の法体系のように放送と通信を別のモノとしてみる限り、地上波のデジタル化の持つメリットは見えてこない。まさに「ただコストがかかるだけ」でしかない。しかし地上波のデジタル化は、実はもっと違うところにその動機付けがある。それは通信サイドから求められるニーズやメリットだ。通信サイドのモチベーションが、地上波のデジタル化を求めている。すなわち、地上波をデジタル化することで、今までのような通信・放送分離の固定的なチャンネル割りではなく、通信・放送一体での時分割・帯域分割によるフレキシビリティーあふれる周波数の運用が可能になる。言い換えれば、地上波のデジタル化を議論するためには、電波インフラにおける放送と通信の融合を実現し、もっとも効率的な周波数資源の利用を可能にすることが大前提となっていることになる。

(2)「放送におけるインフラとコンテンツの分離」の実現
通信からみた地上波のデジタル化が、インフラ利用における放送と通信の融合を意味するとすれば、放送からみた地上波のデジタル化は、新しい枠組みに基づく放送の再定義、すなわち「放送におけるインフラとコンテンツの分離」を意味する。これにより、今までのインフラ・コンテンツ併営の放送事業に比べ、ソフトビジネスにぐっと接近した事業形態が可能となる。元来インフラビジネスとコンテンツビジネスは、財務的に見た場合全く構造の違うビジネスである。したがって分離の実現は、経営の効率化や資金運用の弾力性をもたらすものとして、今後の競争市場を生き残ってゆく上で重要なカギとなる。諸外国の例でも、90年英国放送法、96年米国電気通信法というように、地上波デジタル化の前提として法制度的にインフラとコンテンツの分離・自由化が規定されているのは象徴的だ。

(3)通信インフラ資源のインターオペラビリティーの確保
もとより、同軸や光ファイバーといった有線系インフラでは、送り手・受け手の間で系が閉じているため、自由に利用するデータ形式を選ぶことができる。しかし電波系インフラは、その開放性ゆえ利用基準が決まらなくては、利用できるデータ形式が決まってこない。その意味で、CSのデジタル化に始まり、BSのデジタル化、地上波のデジタル化と、データ形式の共通性を確保した形で技術基準が確定するとともに、その運用においてもインフラとコンテンツの分離が打ち出されたことにより、電波系においては、目的やコストにあわせた自由なインフラ利用が可能になる基盤が確立したということができる。これは同時に、放送コンテンツであろうと通信コンテンツであろうと、デジタルデータならば、有線系、電波系のいずれインフラでも自由に利用可能な条件が整ったことを意味する。

2. 日本における地上波デジタル化のポイント

こと日本においては、これから起ころうとしている地上波デジタル化のもたらす意義や影響はどこにあるのだろうか。いままでの規制や利権に守られた電波行政が今後も続くという幻想にとらわれていると、大事なポイントを見逃すことになる。

(1)グローバルスタンダード基準は既成事実化
放送におけるインフラとコンテンツの分離、インフラにおける放送と通信の融合という基本的な道筋は、これからの電波資源、コミュニケーション・ネットワークの利用におけるグローバルスタンダードとなっている。これはメガインフラ間での、世界レベルの競争のスタートと見ることもできる。しかしメガインフラとはいっても、どこかにフランチャイズのホームグラウンド、すなわち情報の送り手もしくは受け手としてのユーザがいるローカル市場を持っていなくては、インフラのワールドカップは闘えない。幸い日本の国内通信市場は、世界的にみても大きな市場で充分な「サポーター」がおり、ここをホームとすれば有利な闘いが可能だ。郵政官僚の本音は、最近の白書や研究会報告を見ても、グローバルスタンダードを積極的に取り入れることで、日本の情報市場をホームグラウンドとしたメガインフラを育て、世界に通用するインフラビジネスの強化を目指しているのは明らかだ。

(2)通信・放送融合の「インフラ」と新たな放送としての「コンテンツ」の分離が原則化
法制度においては、一般の民間人が考える以上に「何を原則として、何を例外とするか」という規定が重要な問題になる。今まではインフラとコンテンツの垂直統合が免許制度の原則だったものが、これからは、委託・受託に代表されるインフラとコンテンツの分離を基本におくグローバルスタンダードが制度の原則化する。これとともに、もともと資本関係の強い、受託放送事業と通信事業の一体化が進む。もちろん実態としては、インフラ事業とコンテンツ事業を持株会社によりグループ化したり、一つの企業の事業部として併営することは、今後も多く見られるとは思うが、それは分離原則の中の「例外ケース」として認められるようになる点が異なる。「原則一体」から「原則分離・例外一体」への変化は、目に見える以上に大きいものがある。

(3)大幅な規制緩和やパラダイムシフトがバックグラウンドに準備されている
今見てきたように、「電波系通信インフラの再編」という文脈でのみ、地上波のデジタル化は意味を持つ。それをあえて推進するということは、明らかにその背後に、電波系通信インフラを再編しようという意図を読み取ることができる。言い換えれば、大幅な規制緩和やパラダイムシフトが実施されることを前提とされている。それはコミュニケーションマーケットにおける市場原理の導入をもたらし、現在のようながんじがらめの規制許認可制度から、原則自由・自己責任制度への移行を促す。たとえばインフラにおいては、広く遍く接続するオープン性のほうが強調され、内容や利用形態への責任は問われにくくなる。コンテンツにおいても、公共性や中立性といった、送り手の内容への責任が求められるのは、現状の地上波ネットワークのような一部のマス型サービスのみとなり、それ以外の多くのコンテンツにおいては、アメリカ流の受け手責任へ移行してゆく。このような自由化は、コミュニケーションニーズの一層の拡大につながる。

3. 今後に残された課題と対応の方向

地上波デジタル化の影響は、放送・通信業界、及びその周辺業界の広い範囲に及ぶと考えられる。しかし、その中でもどういう方向に動いてゆくか外的要因の影響が大きく、より高い視点からの対応が必要とされる課題には、以下のようなものがある。

(1)サイマル終了後の状況は読み得るが、そこへのプロセスは流動的
地上波のデジタル化は、民放のみならずNHKも含む問題である。当然、NHKにおいてもインフラとコンテンツの分離や、放送インフラの通信インフラとの融合を視野において考える必要がある。NHKのインフラは全国規模を持つだけに、即通信事業への参入も検討可能な規模と実力を持っている。そればかりでなくローカル地域においては、有力なインフラオペレーターとして、民放コンテンツも含めた総合配信を実施する能力もある。さらに集金機能を活かすことで、プラットフォーム事業への進出もたやすい。これらの事業展開は、BSのデジタル化においても同様に可能である。しかし、この問題はその前提としてNHKの民営化を必然的に含んでいる。また、NTTの放送インフラへの進出と抱き合わせる形での、既存の移動体通信との融合・再編も考えられる。このようにデジタル化に伴うNHKの再編問題は、周辺への影響が大きく、その解決には政治案件としての対応が不可欠となってくるため、事業合理性だけでは考えられない要素が大きい。

(2)通信事業者のファイバー回線を利用することでカバレッジを確保する方向へ
しばしば地上波のデジタル化で問題になるポイントに、エリア内カバレッジの確保の問題がある。現状の中継局によるカバレッジを今後も確保しようとすると、コストがかかりすぎ、特にローカル地区では致命的な問題となるというものだ。しかし考え方を変えれば、デジタル化するからこそ電波そのもので全エリアをカバーする必要はなくなる。地上の有線系の通信回線がファイバー化されれば、デジタルデータだからこそ、回線経由で提供されればいいことになる。こう考えれば、いわゆるクリームスキミングで、投資効果が見込まれそうなところのみ電波を使い、効率の悪いところは有線系に任せるという、180度異なった発想も可能になる。これはまた、インフラという面での有線系・無線系の棲み分けとも合致しており、これ自体がFTTHの推進力となる可能性もある。

(3)放送・通信境界領域コンテンツの増加が、インフラ需要を支えるカギ
インフラに放送・通信の垣根がなくなる以上、コンテンツにも垣根はなくなる。不特定多数に提供する代わりいろいろ内容に対する責任を問われる「放送系コンテンツ」よりは、特定のメンバーにのみ提供し内容も一切自由な「放送・通信境界コンテンツ」のほうが、ビジネスのチャンスは大きい。それは、個々の事業単位こそ小さいものの、基本的にローリスクであり、投下する資金も少なくて済むため、多くの事業者が参入しやすく、結果市場が拡大する可能性が大きいからだ。具体的には、エンターテイメント系のアダルトやマニア向けコンテンツや、教育、宗教系のコンテンツ、送り手が金を出す同人型コンテンツなどがこのジャンルに入る。このように、マーケットはニッチだがチャンネルや番組の数でこなすタイプのコンテンツを取り込むには、プラットフォーム事業が「電波の時間貸し業」として新たな役割を担うことが必要になる。雑誌・書籍における取次のような役割をプラットフォームが持てば、新たなコンテンツ提供者を育てるインキュベーターとしての役割も持つことになる。


(98/07)



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