四条の煙が行き交う路 -筑豊本線 折尾-中間間 1971年4月1日(その5)-


筑豊本線折尾-中間間の未電化複々線区間で撮影した全カットをご紹介するこのシリーズ。ひとまず、最初にこの区間に足を運んだ1971年4月1日の分は、どうやら今回で大団円。とはいえ、これって朝折尾に降り立ってから、まだ2〜3時間しかたっていない状態。この後筑前垣生-筑前植木間に移動して撮影して、そこでやっとお昼ぐらい。その後も移動して撮影しまくる状態だったので、いかに当時列車密度が高かったのかがよくわかります。撮影ポイントが余りないのと列車が来すぎることとのふたつの理由から、基本的にバッタ撮りしかできず「撮るだけ」になってしまいがちなこの区間ですが(そういう面でも「あそこの立体交差」と双璧)、C55、D50、D60、9600と、比較的珍しいスポーク動輪のカマを飽きるほど撮れるというメリットからその後にもう一度撮影に行っていますので、このシリーズ自体はそちらの分に移ってまだまだ続きます。



今回まず登場するのは、若松機関区の49654号機の牽引する下り車扱貨物列車。大外の線ですので、黒崎方面からの列車です。別のカットを見ると例によって冷蔵車とかも連結されており、荷物は北九州の市場から内陸部の市場向けの出荷をまとめたものでしょう。49654号機は新製空制車にならった中高ランボードでの空制化改造で九州には多いタイプですが、空制改造時には名古屋局におり昭和10年代になってから九州入りしたカマです。空気圧縮機のマフラが煙突より先、煙室の突端にあるのが特徴的ですが、位置は九州的にちょっと向かって右にオフセットしています。その後後藤寺に移り九州の9600型式の最末期まで活躍しました。


中間駅に続く大カーブのところから現れてきたのは、直方機関区のD6026号機の牽引するセラが続く石炭を満載した上り貨物列車。黒崎方面への列車です。二輌目にセムが混じっており、炭庫の形態が全く違うのがよくわかります。D6026号機は元D50106号機からの改造で、戦前から九州に配置され、改造前も改造後も直方機関区の配置という変わった経歴の持ち主です。九州が長いワリには延長のない原型の化粧煙突を持ち、関さんの分類によるK-7形小工デフとのマッチングがユニーク。この頃直方機関区のD60には25号機、26号機、27号機、28号機と連番でいましたが、どれもD50の頃から九州配備という不思議な顔合せでした。


同じくD6026号機の牽引する上り貨物列車を、見返りで押さえます。この時はもうバッタ撮りに飽きてきたのか、メインカメラに望遠を付けて撮影しているので、ちょっと不思議な感じに撮れました。機関車や列車にはきっちりピンが来ていますが、遠景がアウトフォーカスというのは、構図とも相まってこの区間で撮ったカットにしては変わった感じに仕上がりました。側面タイプの小倉工場型キャブ吊金具がくっきりとシルエットで映えて、小工デフとも相まって九州のカマらしい横顔になりました。とはいえ、こういう形態的特徴ってモデラーは詳しいけど、「撮り」の人はあんまり詳しくないんだよね。なぜだろう。


若松からの下り線に、若松機関区の19636号機の牽引する下り貨物列車がやってきました。こちらも車扱貨物で、やはり冷蔵車が目立ちます。19636号機は大宮工場での空制化で、ランボードは「中・上」ですが、入換時の操作を軽減するため動力逆転機が装着された時に、公式側のエアタンクの位置をキャブ方向に後退させたため、あたかも北海道に多い「後・上 キャブ隙間有」のような位置関係になっているのが特徴でした。配置はずっと若松なので、若松の石炭埠頭での入換を考慮した改造ということでしょうか。どちらにしろ、このカマの公式側は九州では極めて珍しいスタイルでした。このカマも遅い全検が幸いして、後藤寺機関区で最末期まで活躍しました。


19636号機の顔のドアップ。こういうカットもぼくはほとんど撮らないんですが、飽きてきて望遠付けているというだけで、撮っちゃうんですね。まだ高校入る前ですよ。これでも片持ち式の連結器解放テコとか、リンゲルマンチャートとか、煙突の延長とか、九州の96らしい特徴があふれています。LP42のレンズのカットも煤で強調され、あの独特の緑色がかったウランレンズの色合いが思い出されます。AD66398様式のナンバープレートは、「9」と「6」が小判形でなく楕円形の輪郭になっているので、これまた小倉工場製ということがわかります。やはりこういうところにも九州の香りを感じないと(って、別に強要はしませんが)。


続いて同列車を見返しで狙います。半分トップライトに近付いた逆光なので、二輌目のワフ21000の外板に並ぶリベットが、無骨な古武士のような味わいを出しています。9600のテンダとも良くマッチしています。こうやってみると、やっぱり模型のリベット表現はオーバーですね。まあやりようがないサイズだし、スケールで出っ張らせたら、おろし金みたいなもんで指先をケガしますからね。三輌目のレ12000はアップで見ると車表が入っていません。異様にキレイなのも尋常ではないし、これは全検明けで工場からの回送ですね。若松には国鉄時代、貨車専門の若松工場があったので、そこからの出場車でしょう。


最後に登場するのは、直方機関区の49619号機。黒崎からの下り線を単機回送で直方に帰ってゆきます。複々線での単機回送というのも、線路の方が圧倒的に存在感があって不思議な構図です。単線区間だとけっこう96単機でも威風堂々としているのですが、なんかそそくさと帰るような感じ。エアタンクは人気の「前・上」ですが、このカマ九州生え抜きなんですよね。ということは、小倉工場での空制改造なのでしょうか。小倉工場での空制改造というと空制で新製されカマと同様の「中・中」というイメージがあるのですが、これはいったいどういう理由なのでしょうか。まあ、北海道などでは後から「前・上」化されたカマもありますが、コイツは九州生え抜きなんですよね。いやあ、96はナゾが多いわ。



(c)2019 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


「記憶の中の鉄道風景」にもどる

はじめにもどる
inserted by FC2 system