バーストの秘密

上級編 (その3 バーストの音を語る)






・「レスポールの音」ってどんな音
「レスポールの音」とはどんな音か。それを語ることは難しい。なぜならレスポールの音は、固有の音を自己主張するのではなく、プレイヤーのニュアンスをストレートに表現するクセのなさに本質があるからだ。誰が奏いても同じ音がするワケではない。同じバーストでも、ぼくが奏けばぼくの音、きみが奏けばきみの音状態で、奏き手に力量があればあるほど、出音の差は広がってくる。
いかにジミー・ペイジが好きで研究し切っているヒトが、ジミーの楽器を彼のセッティングのまま奏いたとしても、ジミーの音にはならない。逆に、彼の愛機でなくても、ジミー・ペイジが奏きさえすれば、彼の音は出てくる。これがバーストマジックだ。楽器の音が先にあって、それをプレイヤーが使うのではなく、あくまでもプレイヤーの意のままに音が出てくる。この魅力が、多くのギタリストをとらえて放さない。
では、もっともレスポールの音を活かしているプレイヤーは誰か。それは、このギターの持つ多才な可能性をフルにいかしているプレイヤーということになる。ぼくは、最近のラリー・カールトンではないかと思う。彼の愛機は57のゴールドトップだが、レスポールらしい音、レスポールの魅力を活かした音という面では、かなりのモノだ。もともと多彩なトーンを、指先のタッチで奏き分けるタイプだけに、円熟味も加わってその表現力はバッチリ。そして、その深いニュアンスをしっかり受け止めて響かせるレスポールの魅力も充分にうかがうことができる。

・ギターの存在を感じさせないギター
では、実際にレスポールを抱えて鳴らすプレイヤーの気分はどんなものだろうか。はっきりいってバーストは、決して弾きやすい楽器ではない。ギターが勝手に鳴ってくれない。だから、プレイヤーがいいプレイをして鳴らさなくてはならない。いいかげんに奏くと、いいかげんな音しか出てこない。ごまかして手癖とかで奏こうとすると、なんとも間が持たない音しか出てこない。初心者ならずとも、最初に奏いたときには「俺ってこんなに下手だっけ」と落ち込んでしまうことは請け合いだ。
しかし、音楽で表現したいマインドと、自分の表現したいモノを奏き切れるだけの指を持っているプレイヤーにとっては、こんなに強い味方はない。どんな場合でも、指先にそのニュアンスを込めれば、楽器が必ずついてくる。まさにプレイヤーにとっての理想の楽器に近い。プレイする時に、イメージと音がリニアにつながってくる。まさに透明な存在。そこにギターが存在していることを感じさせないギターだ。
それは精神的な面だけではない。実際に負担の少ないギターだ。オールドレスポールは実に軽い。きちんと鳴らすためには、確実にツボを押さえることが必要だが、そこさえおさえれば腕力や指の力はいらない。だから、鳴らすために気力や腕力がいらない。どちらかというと扱いづらい、70年代・80年代の再生産レスポールしか知らないヒトにとっては、全く別物のギターと言っていいだろう。奏いていて体力を消耗しない、疲れないギターだ。だからプレイに専念できる。そういう意味でも、存在を感じさせないギターといえる。

・レスポールはソリッドのフルアコ
何度もくどいほどいっているが、バーストはとてもハイファイで、アコースティックなギターだ。同じアンプセッティングでも、ギター側のヴォリュームコントロールとタッチニュアンスで、同じ音質で大きい音・小さい音を奏き分けること、同じ音量で太い音・繊細な音を奏き分けることが可能なところに魅力がある。これは一言でいってしまえば、「とてもアコースティックな楽器だ」ということになる。実際、ギターの中ではまさにアコースティックギター、それもアーチドトップのフル・アコースティックギターに近いニュアンスだ。
アーチドトップのアコースティックといえば、ギブソンの保守本流。まさにバーストには、ギブソン社ならではの、ギター作りの伝統が活きている。これは逆もまた真なり。1950年代のエレクトリックブルースマンには、まだジャズとブルースが未分化だったこともあって、フルアコの愛用者も多い。あのB.B.キングもL-5とかフルアコを愛用していた時代があった。そしてその音は、いわゆるフルアコサウンドではなく、ブルージーで粘りのあるサウンドになっていた。まさに、プレイスタイルによりどんなサウンドも出せるというのは、ギブソンギターの伝統でもある。
だから、ことオールドギターについて語るならば、エレクトリックだ、アコースティックだという切りワケは意味を成さない。そこには「いいギター」しかないのだ。実際、バーストをきちんと鳴らせるようになると、それだけでアコースティックギターを鳴らすのがウマくなる。奏法面から考えても、この両者に国境はないのだ。

・アンプの音とギターの音
バーストからは離れるが、エレクトリックギターの音は、ギターとアンプの相乗効果で決まる。トータルなシステムが音を決定する。その中でも結果的に、出音にはアンプの影響が大きい。オールドレスポールをプレイする場合には、ギターにクセのないぶん、クセのあるアンプを使うと、もろにその影響が出てくる。だから、どういうアンプを使うかは、他のギター以上にゆゆしき問題となる。
たとえば、バーストとセコいアンプの組合せと、プレミアムリイシューといいアンプの組合せで音を比べてみたとする。奏くヒトの腕も関係しないわけではないが、まず間違いなくプレミアムリイシューといいアンプの組合せの方が、総合的にはずっといい音が出る。だからオールドレスポールの良さを引き出す場合には、アンプにも一層気を使おう。当然、アンプもクセのない、ストレートでハイファイなものがベストマッチだ。オールドのフェンダーツイードアンプやオールドマーシャルアンプなど、ナチュラル&ストレートな特性をもったアンプがマッチしているのはこのためだ。
さて、こういうコンビネーションでプレイしていると、指先のニュアンスと出音の関係がよくわかってくる。そうすると今度は、音を作るのがうまくなる。タッチと出音の理想的関係がわかっていると、新品のギターをチューンナップする場合や、アンプやエフェクターのセッティングで音を作る場合にも、落としどころが見えてくる。多くの場合、音を作りすぎてしまっていることに気づくはずだ。これを「あと一歩」のところで止めると、残りのヘッドルームでニュアンスが表現できるようになる。こういう面でも、「バーストを使うと、ウマくなる」といえるだろう。

・50年代のギターの音とは
一度機会があれば、バーストに50年代のフェンダーツイードアンプを繋いで、どういう音がするか体験してみるといい。全て50年代の機材を使い、シールド一本だけで出てくるその音は、パワフルでハード、ロック魂に満ちているはずだ。1950年代という言葉からイメージされる先入観を打ち破るのに充分なものだろう。フェンダー・ベースマンでも使おうものなら、オールドマーシャルJTM45以上の荒々しく図太いサウンドがあふれ出す。フルテンにしたその音は、作った音ではなく、自然に生まれる音だったのだ。
これは何もバーストに限らない。バタースカッチカラーのオールドテレキャスターを、ツイード・デラックスにプラグインしてフルアップする。まさに50年代の標準的なフェンダーのコンビネーションだ。だがそこから流れ出る音は、人々の先入観でいえば、レスポール+マーシャルサウンドに近いものだ。ましてや50年代はもっと太い弦が張られていた。これ以上に粘りと張りのある太い音が出るはずだ。彼の地の人達は、そんな時代からこういう音を聞いてきたのだ。
クラプトンやジミヘンといった、60年代末のロックレボリューションの旗手も、ブルースマン等がライブではこういうフルテンサウンドを鳴らしているのを耳にしたことだろう。実際、クラプトンは初期のインタビューで、フレディー・キングのライブでのギタープレイやサウンドに触発され、彼のプレイスタイルを作っていったと語っている。だからこそ、それ以上の表現力を求め、そのサウンドを生かす形でロックギタースタイルが生まれてきたといえる。ロックギターは一日にしてならず。50年代の機材で、ハードウェア的にはなにも手を加えず迫力あるロックサウンドは出る。やっぱりロックは魂が問題なのだ。



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