大畑の3日間 その3 -1971年4月6日-


さて今回からは、大畑の3日間の2日目に突入です。前回のあと一日置いた4月6日。朝のうちは吉都線等を撮影してから、大畑でももう一度撮影し、その足で熊本まで抜けてしまおうというスケジュール。2日目となると、ここはけっこう撮影ポイントが限られるということに気付いてきたようで、微妙にポジションを変えたり、レンズを換えたりして苦労の後が偲ばれます。が、そのワリには決定的に違うショットというのは、そうは撮れてはいません。そういうコトもあったんで、この後、無煙化までには何度が来るチャンスはあったのですが、この後ここに来たのはあと一度、ということになった次第です。では、シリーズ3回目。参りましょう。



まずは、ループ線上を力行する下り列車。本務機はD51170号機。客車はオハフ61。前後にワフを挟み、12輌のワム・ワラと、タキ、コキの編成です。コキは満荷で5個中3個が冷蔵コンテナ(の返空)という、この区間らしい積荷。本務機に比べて、補機は随分と黒煙が目立ちます。かなり重油を使っているのでしょうね。その証拠は後ほど。しかし、この撮影ポジションは、前回の最後のカット出てきたおなじみのお立ち台からは、何百mか北東に移動した場所なんですが、かわりばえしないですね。そう、これがループの泣き所なんです。でも、このくらいの望遠で撮影すると、なんか模型のエンドレスを走っているみたいで親しみが湧いてきます。


本務機のD51170号機のアップ。人吉機関区を出区してきたばかりの運用なんで、まだまだカマがきれいです。人吉機関区は動輪の輪心のところを磨く習慣があるようで、ロッドとともに、特に輝いて見えます。機関車の脇に見える看板は、これぞ有名な大畑名物「火の用心」。ぼくが最初に見た大畑のループの写真は、この「火の用心」をバックに編成全体を撮影したものだったので、なんともこの看板、印象が強いんだよね。ループ周辺が禿山で、当時は苗木しか生えていないのは、多分機関車からの火粉による山火事が多発したことによるのでしょう。無煙化してからは、苗木がすくすく伸び、今では鬱蒼とした森林になってます。


同じ列車の後補機、D51668号機のアップ。668号機は、1970年の2月に長野機関区から転属してきたカマで、集煙装置こそ廃車発生品を利用して鹿児島工場の敦賀型になっていますが、テンダの3000l重油タンクをはじめ、オイルポンプ箱が九州には珍しくランボード下にあるなど、主要な装備は長野時代のものを色濃く残しています。この区間、まだ登りの最中なんですが、機関助士は涼しそうにしてるし、そのワリに1号安全弁は吹きまくっています。ここから、先ほどの黒煙が重油を焚きまくった結果ということが良くわかります。通常の重油タンクの数倍の容量があるのをいいことに、重油を使いまくっているのでしょうか。山線にしては気楽そうな乗務ですね。


これは東にさらに数百m、ループ線を大畑駅の方に下っていったポジションから撮影した下り列車です。距離的には相当に移動しているんですが、構図的にはほとんど変わりませんね。撮影位置と線路との相対的な上下の位置関係はけっこう変わっていますが、景色全体の雰囲気が変わらないのではお手上げです。本当に撮影者泣かせ。ヘリでも使わなければ、このループ線、個性的な構図では撮影できないのでしょうか。本務機がD51587号機。このくらい被写体が小さく、望遠で圧縮していると、いかにもNゲージっぽくなってきます。築堤がのっぺり仕上がっているのも、その感を強めています。これはこれで愛すべき景色だとは思いますが。


「火の用心 人吉営林署」の看板と、本務機D51587号機のアップ。D51587号機は、先ほどの668号機と同様、1970年の2月姥捨の無煙化とともに、全検切れのカマの置換用として長野機関区から人吉機関区に転属になったカマです。特に、集煙装置は適切な発生品がなかったのか、長野工場形の集煙装置をそのまま使用していたところが特徴です。ほとんど長野工場持ちの重装備D51そのものというスタイルで人吉区でも活躍し、異彩を放っていました。厳密に言うと、純正の長野工場型の集煙装置はリンクによる手動式ですが、ここだけは鹿児島工場タイプの、空気圧作動式に改造されています。こうやって見ると、これも黒々と爆煙気味。「3000lの重油タンクだと、重油を贅沢に使う」、という暗黙の了解でもあったのでしょうか。


同じ列車の後補機のアップ。こちらはオーソドックスな山線仕様の、D51890号機です。こうやって見ると、苗木もホントに植えて2〜3年という感じの、まだまだ小さなものばかり。景色が変化しないのも、あまり日本的な感じがしないのも、ひとえにこの「禿山」というところに起因しているようです。逆にいえば、レイアウトやジオラマを作る場合、禿山感が出てしまうと、ストラクチャーとかほかの部分を作りこんでも、日本風の景色に見えなくなってしまうということができます。前の列車の本務機の170号機もそうですが、このぐらいの煙の状態が、この辺りを通るときの焚き方としては標準的ということができるでしょう。石炭の質にもよりますが、九州の機関助士は本当にきれいにカマを焚きますね。


矢岳から下ってくる、上り旅客列車。この区間では珍しい、単機での旅客列車です。牽引しているのは、D51572号機。戦時中から無煙化まで、一貫して人吉に配属され山線で活躍したカマですが、今一つ地味な存在というのは否定できないところでしょう。客車は、大畑名物で最後の現役ダブルルーフ客車だったスハフ32にオハフ61が2輌。ちょうど矢岳側からループ線に入るところなので、左手には「ループ線」の碑(?)が立っています。右手には、こちらは小型の「火の用心」の看板。苗木もちょっとは育ってきています。このあたりは、下り勾配であることを除けば、大畑らしからぬ雰囲気でなかなかいい感じじゃないかと思います。


さて先ほどの旅客列車は、ループ線をぐるりと廻って、大畑の駅に入って行きます。このタイミングで、もうワンカット狙えます。ということで、スイッチバックの引き上げ線に入ったところでのワンショット。これ、ちょうど前々回の2カット目を逆に撮ったような位置関係になってます。右下に、チラリと人吉から上ってくる本線の場内信号のところが見えています。上っている白い蒸気は、駅に向かって逆行で動き出す時の短声一発でしょうか。大畑のループがらみの写真としては、意外と見たことのない構図ですが、その分個人的にはワリと気に入っています。わかっている人が良く見れば、すぐ大畑だとわかりますが、パッと見ですぐ場所がわかるヒトは、けっこう通でしょう。


(c)2014 FUJII Yoshihiko


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