さよなら首都圏の蒸気機関車 -高島貨物線無煙化記念列車 1970年10月11日・18日-


ということで、さっそく始まってしまった「記念列車シリーズ」。前回の「八高号」に続いて、今回は新鶴見操車場から横浜港を結んでいた、高島貨物線の無煙化記念列車です。八高号が1970年10月4日(日)だったのに対し、その翌週、翌々週にあたる、10月10日(祝)、10月11日(日)、10月18日(日)と、堂々3日間に渡り運転されました。この記念運転は、首都圏一都三県から、蒸気機関車の姿が消えてしまうというさよなら運転でもあり、下りの9241レは東京駅から、上りの9294レは品川駅までと、東京都心に久々に煙が湧き上がるというサプライズ企画。当然、その盛り上がりは半端ではありません。マスメディアはヘリを出して、東京駅から新幹線と並んで都心を走る記念列車を撮影したものでした。ぼくの場合、10日は恒例の中学の体育祭でしたので、涙を飲んでパス。その分11日と18日は、どちらも気合での参加です。



まずは11日。撮影場所をどこにするか、これが問題です。せっかく都内での運転ですので、都内で撮りたい気持ちはヤマヤマですが、どのくらいの人出になるかもわからず、ロケハンもできません。せめて、品鶴線内で撮影したいところです。ここで、「橋の上にまでヒトがあふれることはあるまい」と思い、多摩川橋梁で撮影することにしました。11日は雨でしたが、下り列車を撮るべく、武蔵小杉側の堤防に登ると、すでに圧倒的な人出。これはいけません。入手したばかりの望遠レンズを使い、なんとか撮ったのがこのカット。実は、コレ以降のカットは、目前に人が飛び出してきて、ちゃんと撮れていません。


時間をつぶした上で、今度は上り列車に挑戦。同じく多摩川橋梁の沼部側です。今度もまた、ポジション取りがイマイチ。かぶりつきポジションは、先客に占拠されてしまっています。というより、ここは、品鶴線と新幹線の橋梁が並んでいるので、撮れるのは上り線の側から。ヘタをすると、下りの貨物列車とカブってしまいます。そのリスクも考え、今回も望遠で狙います。というより、天気も悪かったので、今回はロケハンと割り切り、18日にベストポジションを狙うことにしました。まあ、行きがけの駄賃という感じでしょうか。贅沢といえば贅沢ですが、ガキでも、そのくらいの発想の転換はできるものです。


さて、上り列車が行き去った直後の、多摩川の土手の状況がこれです。この位置からだと、架線柱がウルサくて、シャッターチェンスを狙うのは、けっこうムズカしいと思うのですがねぇ。まあ、気持ちちっちゃめなカットで。皆さん、傘差しながら、三脚立ててご苦労さま。コレばっかしは、今も昔も変わりませんね。というより、このシリーズは最初のアイディアをもらった寺田さんのブログ同様、「昔のマニアのマナー」の記録を今に伝えるのがミッションの一つですから。セドリックでしょうか、河原にクルマを突っ込んじゃってるヒトもいますね。ところで、このカットも、もし「私が写っている」という方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください。


いよいよ18日。この日は、天気もほどほどのようで、気合も入ります。先週の経験を生かして場所を決めますが、こりゃ人出が全然違う。わらわら湧いてきて、なんと鉄橋のガーダーの上にまでファンが乗っかっています。とはいえ、さすがに線路の反対側には入ってこないのが、この場所のいい所。今回は標準レンズ。下り列車はこの区間、絶気で惰行というのは、先週の経験でわかっていますので、まあ、ここはひとまず抑えておく感じで。先週のカットでも、機関士さんは頭をキャブの外に出して、安全確認しながら運転していましたが、今回は、上半身を乗り出して運転してますね。それだけ、撮影者が多かったということでしょう。


先週の経験で、本命になる上り列車を撮影するポイントは決めてあります。その間、新鶴見機関区で、廃車前提に留置されたD51達を見に行きます。大きな給炭塔をバックにした、留置車輌。手前の雑草にピンを寄せて、ちょっと凝ったつもりのワンカット。なんか、まだ現役の機関車のようにも見えます。「つわもの共が夢の跡」というところでしょうか。でもまあ、ませたガキですね。まだ14歳ですよ。


時間を見計らって、撮影地に向かいます。先週の撮影で、この区間ではカブる心配がないコトがわかっていましたので、勇んでベストポジションを確保。ここから、標準で寄せて撮れば、かなりきれいな写真になるはず。とばかりに、満を持して撮ったカットが、これ。天気がいい分、先週より煙は少なめですが、いい感じで出ています。いかにもシンプルな構図ですが、記念列車は、こういう風に撮るのが難しいもの。我ながら、限られた経験と条件の中では、良く撮ったと思います。それにしても、こういうオーソドックスな構図って、その後の蒸気機関車の撮影ではほとんど撮ってませんねぇ。なんか、初々しいところもあります。


最後の蒸気(になると、その時は思っていた)、9294列車の見返りショット。0系新幹線がやって来てますね。実は多摩川橋梁なら、あわよくば新幹線とのツーショットが撮れるかな、という淡い期待もあったのでした。が、ここにやってきているということは、もう少し品川よりで構えていたヒトは、撮れたのではないでしょうか。居並ぶ係員もものかわ、線路上に飛び出して撮影している「猛者」がいます。彼は、どんなカットが撮れたのでしょうか。それにしても、これが「最後」と思っていたお別れ運転。実は、あの「世を挙げた」SLブームの幕開けに過ぎなかったことは、40年たった今だからいえることでもあります。


(c)2010 FUJII Yoshihiko


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