東急世田谷線 三軒茶屋仮駅 -96年8月-


今回も、前回に引き続いて90年代の「記憶」。これまた、歴史となってしまった一風景である、東急世田谷線 三軒茶屋仮駅の姿です。玉川線廃止後、世田谷線になってからは、長らく専用軌道の端っこ、すずらん通りの入口の脇に、世田谷線三軒茶屋駅がありました。山の手でありながら、下町っぽい太子堂の風情と、玉電を引き継いだ路面タイプの車輌がよく似合っていました。しかし、1980年代から営々と行われていた「三軒茶屋・太子堂四丁目地区再開発事業」が、バブルも崩壊した90年代になって、ついに起工されました。世田谷通り沿いの低層商店街やペンシル雑居ビルを取り壊して区画整理し、今「キャロット・タワー」と呼ばれている高層ビルを建てようというものです。これとともに、世田谷線三軒茶屋駅もあわせて再開発されることになりました。そして、完成までの3年半の間、三軒茶屋駅は、仮駅にて営業されることになったのです。



まずは仮駅の前景、駅舎(といっていいのでしょうか)の姿です。場所的には、駅の面している通りが、現在の三軒茶屋駅ホームの下高井戸よりのところにある踏切の道に相当します。ちょうど、教学院目青不動の隣という感じでホームがありました。駅から世田谷通りまでの間は、地権者になっている地元の商店が、プレハブの店舗を出していました。これらのお店は、現在ではキャロットタワーの中に出店しています。


仮駅のホームに進入する、150形式153F。複線の線路敷の真ん中に線路を持ってきて、両側の残ったスペースに、鋼管とべニヤで仮設ホームを作っています。要は、相当に狭く、有効長もギリギリという感じです。先に見える踏切は今でも残っていますので、どのくらいの面積だったかは、現地に行けば容易に想像できます。まあ、この当時はまだ「玉電」的なノリが残っていた最末期なので、停留所レベルの駅でも何とかなったというところでしょうか。


この時期も、まだガキが生まれる前で、本格出戻り以前ですので、基本的には近隣の散歩の途中でのスナップです。しかし、仮駅がなくなってしまうので、何カットか、記念に撮っておこうという「意志」が働いたのも確かです。そういえば、当初の三軒茶屋駅も、走行シーンとあわせて、91年ごろにムービーでは撮った記憶があります。まあ、そのくらいの鉄分は残っていた、ということでしょうか。


上のカットから、ホームの反対側、下高井戸方向を向いたカット。それにしても、模型的にコンパクトにまとまってますね。鋼管の組合せという、ティンバートレッスル的な、構造の面白さもあるし。玉電とか世田谷線とかでジオラマつくるとしたら、コレでしょうかね。きっと誰も作らないし、地元ならではということで。


最後に、建設中の新駅。キャロットタワーは、1993年3月の着工で1996年11月15日の竣工ですので、この時点では、すでに建物は出来上がり、内外装の整備という段階です。奥のレンガ色の部分が、現在の三軒茶屋駅。手前のベージュ色の部分は、現在では、一階にサブウェイ、二階にインテリアショップが入っています。道路の反対側は、スターバックスが入っているビルをはじめとし、すっかり商店街化していますが、この時点ではまだ住宅街。突如登場したキャロットタワーに、戸惑っているような感じもします。しかし、これももはや13年前。この景色を覚えているヒトは、もうみんなオトナですね。



(c)2009 FUJII Yoshihiko


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