山陰路のディーゼル -1970〜71-


「記憶の中の鉄道風景」も、これで開始してまる3年。来月からは4年目に入ります。本来の撮影旅行の対象でないネタ、というところからスタートしたのですが、それに該当する写真で、それなりに皆様の興味をそそりつつ、なおかつ写真としてもまとまっているカットとなると、そう無尽蔵にあるワケではありません。だんだんと、「本丸」を出さなくてはヤバいかな、という感じもしてきた昨今ですが、まだ何回分かは当初から考えていたネタが残っています。今回もその一つ。山陰路のディーゼル機関車、ディーゼルカーです。山陰方面は、本州では比較的最後まで蒸気が残っていましたし、景色とかもワリと好みのところが多く、さらにC57が残っていたということもあり、集煙装置付きのカマが多かったのは個人的にはマイナスなのですが、なかなか好きな線区でした。今回登場する、DF50も、DD54も、個人的には特にどうこうという思い入れはないのですが、ブルートレインブーム以降のファンの方には、ぼくらにとってのC57と同じくらい、けっこう強力かもしれませんね。今回は、本務機が蒸気のカットが二つ入ってますので、オマケのカットはナシです(笑)。



まずはじめに登場するのは、山陰本線保津峡駅付近を行く、DF50536号機。当時山陰のDF50は、米子機関区に集中配備され、長駆京都口までやってきていました。撮影は、1970年8月20日。当時開かれていた「大阪万博を見に行く」という名目で関西旅行を企てたのですが、けっきょくは、生まれて二回目の蒸気機関車の撮影旅行になっちゃったという次第。保津峡といえば、今では嵯峨野観光鉄道になってしまった旧線が現役だった時代。梅小路のC57がお目当てだったので、D51も箸休め、DF50に至っては刺身のツマという感じでしたが、今となっては機関車・線区ともに貴重な記録ですね。


今度は一気に深く入って、山陰本線宍道-来待間。国道9号線沿いにやってきたカマは、これまた米子機関区のDD5434号機です。撮影は1971年12月21日。上のDF50から1年半弱ですが、この間に5〜6回撮影旅行に行ってますので、かなり場慣れしてきています。ここから先のカットは、このときの、山陰旅行で撮影したものです。九州だけでなく、中学・高校生としては、それなりにがんばっていろいろなエリアに行っているのですが、狙い目が妙に偏っているのは致し方ないところでしょうか。いわゆる3次型の34号機は、71年度の予算で配備されたばかりの新車。初期故障をなんとか克服したこの時点では、10年も立たないうちに全機廃車されてしまう運命など、知る由もないのでしょうが。


山陰といっても、今回の狙い目はこちら、播但線のC57です。お別れ運転こそ、72年9月ですが、72年4月改正で壊滅的になってしまう前に、一度狙っておこう、という魂胆でした。翌、1971年12月22日。おなじみの撮影地、播但線生野-新井間、生野トンネル付近に前補機として現れたのは、福知山機関区のDD5439号機。本務機は、豊岡機関区のC57128号機。このDD54もまた、新製配備されたての三次型のカマで、ピカピカつやの目立つ塗装がまぶしいですね。この時期の山陰地方、あわよくば雪でも、とは思っていたのですが、この時はチラチラと降っていました。バックに見える北向きの斜面が、うっすらと白く化粧しているのが見えます。


続いて、これまた1971年12月22日。今度は播但線生野とはいっても、峠を反対側に回った、生野-長谷間。この日の生野越えの補機仕業に入っている、福知山機関区のDD5439号機は再び登場です。本務機は、豊岡機関区の華ともいえる、門デフのC5711号機。実は、播但線に来たからには、こいつに会いたかったりしたワケだったりします。ということで、カラーでお届けします。なんせ、2輌しかいない、九州外の門デフ付きC57ですから。もっとも、最近動態保存の180号機が「特製門デフ」を装着して3輌目(さらに、初の小倉工場以外で作られた純正形門デフでもある)になりましたけど。よく考えて見ると、ベストのシーンで、ベストのタイミングで、ということは余りないのですが、好きなカマ、見たいと思っていたカマは、それなりに出会ってたりします。こういうのも、運がいいうちに入るのでしょうかねぇ。


最後は、そのまた次の日、1971年12月23日。今度は山を降りて、平地の区間でC11共々撮影しました。そこにやってきたのは、キハ35-キハ35-キハ23-キハ20の、ディーゼルカー4連。場所は、播但線溝口-福崎間。けっこうおなじみのお立ち台でもあり、ここで撮影したカットは、時々目にします。それにしても、一面ごとに標高差がついた田んぼや、列車の陰を映す溜池。ススキに覆われた築堤と、里山の森など、いかにも模型心をくすぐる、ジオラマのような風景。模型の写真でもそうですが、こういうモノトーンに近い冬景色では、蒸気の牽く列車より、カラフルな暖色系のディーゼルカーのほうが、絵柄としては圧倒的に映えますね。ということで、これまた、カラーを奮発します。


(c)2007 FUJII Yoshihiko


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