心に残るあのマシン

(その1)


その1 APPLE][ w/ INTEGER BASIC

と、いうことで、APPLE][。
これも、いろいろネタが多いんで、何回か分けていきたいとおもいますが、第一回は、INTEGER BASICの、いわゆる、スタンダードの話からいきましょうか。

しかし、APPLE][は、どうしてAPPLE][というステータスをえられたのか。
なかなか、これにきちんと答えたヒトはいないようです。しかしこれは結局、「完成度が低い」からこそ、商品価値が高かった、ってことなんじゃないかと思います。
偉大なる、ケース入りワンボードマイコン。
これが、APPLE][の正体でしょう。

ワンボードマイコンだからこそ、システムとしての完成度が低いからこそ、なんにでも使えるし、どうにでもなる。
前にもいったけど、もともと6502って、CPUだけじゃどうにもならない石だから、システムのCPU機能を果たせるだけのモノにするためには、なにがしかの周辺回路が必要になる。
システムRAM(はははっ、0番地からのヤツだ)も、構造上必要になる。
んじゃってワケで勢いつけて、コンソールというか、キーボードやディスプレーもつけちゃえ、というトコまでやったものがAPPLE][。
だから、最初はマイコン制御とかでも、専用にボード作るよりも、制御用にちょこちょこソフト組んで、APPLE使った方がいいというのが、当初のニーズとしては多かったみたい。

ところで、あのINTEGER BASICという代物もすごかった。
いわゆる、tinyBASICそのもの。
ステートメント組み合わせただけじゃ、たいしたことできない。
"HELLO WORLD"を画面に出すぐらいか(笑)。
その代わり、というのもおかしいが、実はマシン語ルーチン集としてみるとけっこう充実している。
いろいろなルーチンが入ってることは入ってる。でも、ステートメントから呼び出せないのでマシン語の知識がないと、使いこなせない。
今のセンスからすれば、「なんだありゃ、BIOSか」っていうような、そんな感じ。
画面クリアするのも、CALL文だったモンね。
そのセンでいくと、HI-RESモードもスゴかった。
機能としてはあるんだけど、それがシロートでは触れられないトコにある。
ま、この辺も、マニア心もくすぐったんでしょうねぇ。

とにかく、まだ、「パソコン」まで進化してない、APPLE][スタンダードなのでありました。


その2 TK-80

さて、第二回。
西の巨塔(って西和彦氏じゃないよ)APPLE][が第一回なら、やはり第二回は東の巨塔のこいつにでてきてもらわないと。
その名も、TK-80。
名前だけは今でも有名な、歴史に残る名マシンだ。

マイコンブームを作り、渡辺和也氏の名を一躍とどろかせた、日本の銘機第一号。

とはいうものの、TKがトレーニング・キットの略ということからもわかるように、これはワンボードマイコンのキット。
それも、マイクロプロセッサというものが知られていない時代に、マイクロプロセッサとはどういうものか、どうすれば動くのかを勉強するためのツールとして発売されたものだ。

大体この時代、大学でマイクロプロセッサ関連の授業があるにはあったけど、その講座名が「自動機械論」だもんね。
オートマトンだよ、オートマトン。若いヒト知ってるかい?
そこで8080の機械語をやってた時代だ。

ということは、このキット、「動くことを見せる」のが目的であって、何かやらせるためのものではない。
純粋マシンとさえいえよう。

さてこのマシン、最低限のシステムROMはあるものの、それだけしか内蔵されていない。ということは、とにかくBIOSに近いような基本的なプログラムも「入れて」やらなければ動かない。おまけに、カセットインターフェースもオプションだ。
ということで、この時代はBIOS機能やtinyBASICのステートメントを含む、カンタンなモニタプログラムをまず16進キーボードからインプットしてやらない限り動かない。
だいたい4K位あるんだけど、みんなこれを暗記してるのね。で、打ち込むのが速い速い。その後300ボーのカセットインターフェースとかできたけど、それより速く打ち込んでたぐらい。人間やりゃできるもんだ。

で、あまり知られてない事実。みんなTK-80、TK-80っていってるけど、実はTK-80の頃はあまり売れていなくて、売れたのはその改良型で8085をのっけたTK-85なんです。
もう一つ、TKシリーズにハコをつけて、BASICをROMで内蔵した、COMPO-BSってのもあったけど、これは見たことある人少ないよね。
モグリかどうかは、このへんでわかる(笑)。


その3 ベーシックマスターレベル2

ほら出た、知らないだろ。恐れ多くも日立のマシンだゾ。
ぬわんと、本邦初の、製品化されたパソコンだ。
それまでは、キットしかなかったんだぜ。
そういう意味じゃ、歴史的といえるのだが、このマシンは、外見からしてパッとしなかった。
なんか、アルミの弁当箱に、キーボードをとってつけたような感じ。
地下鉄の電車みたいなんで、鉄道をたくは、喜んだかもしれないけど。
そーいえば、日立は、電車も作ってるしなあ。
その辺のセンスで、デザインしたのかも知れない。

また、この「レベル2」ってのがおかしい。意味わかる?
当時パソコン用ベーシックは、メモリの制約から、汎用機用ベーシックのサブセットっきゃ使えない。
で、サブセットに名前がついていた。タイニー・ベーシックみたいなのがいちばんレベルの低いのが、レベル1。これがレベル2になって飛躍的に使えるステートメントが増した。とかいって、喜んだんじゃいけない。何のことはない、その実態はやっぱり、インテジャーだった。機械語でなく、ステートメントの名前がついたってだけね。
ちなみに、N-BASICみたいな、マイクロソフトの標準BASIC(CP/MのM-BASICね)が、レベル3で、事実、その後日立もマイクロソフトBASICのせて、ベーシックマスター・レベル3ってのを出した。
これまた、スゴいマシン(パソコン界の戦艦大和といわれた)なんで、のちほど紹介しますね(笑)。

で、レベル2ね。
6800(68000じゃないよ)を、CPUに使った市販パソコンって、前にも後にも、日本じゃほとんどない。とっても、孤独。
その意味でも、かわいそーなマシンでした(基本的に同じアーキテク
チャーの、ベーシックマスターJr.ってのがあったけど)。
でも、発売当時は、そこそこ売れたんだよ。これでも。


その4 コモドール PET2001

このマシンは有名だ。
モノの本をひもとけば、黎明期のパソコンの、三大銘機の一つとして、かならず書いてある。

写真版でもついてりゃ、あの見慣れたAPPLE][や、PC-8001みたいなカタチでいかにもパソコンらしいタンディのTRS-80と違い、なにやら、スタートレックみたいなカッコで、イヤでも目につく。
実際、一時は、SFものの宇宙船の操縦室のシーンで、よく使われていた。

ということで、知っている人も多いであろう。

ところが、こと日本では、そうは問屋がおろさない。
確かに、持ってるヒトがいるにはいたはずだが、ほんとに少ない。
ごくごく初期に、向こうから持ってきたヒトとか、そのくらいしかいないのではないかと思う。

ぼくも、現物は一度しかみたことがない。
それも、見ただけで、いじったことはない。
どっかの研究室で、ほこりをかぶってるのを目撃しただけだ。店で売ってるのも、見たことがない。

でも、世間では「銘機」といっているからには、そういうことにしておこう。

余談だが、このマシンも、CPUは6502だった。
この頃のパソコンに6502が使われているのは、別に性能とか、深い意味があるわけではない。
それは、後づけの理由に過ぎない。
なぜ、6502か??
それは、当時、小ロットでのバラ売りの商談を受けたのが、6502だけだったからだ。
8080とか買いたくても、当時のガレージメーカーには、販売単位が大きくて、とてもリスクが大きすぎたのだ。
これは、ウォズニアックが、インタビューで回想してたから、ほんとだろう。

さて、その後コモドール社は、アメリカでは「コモドール64」というヒットを出し、ホームコンピュータというジャンルを作った。
日本では、VIC-1001、マックスマシーン(笑)というスカを連発し、限りなくオモチャ屋に近いイメージを残し、フェードアウトしていった。合掌。


その5 シャープ MZ-80K

日本でパソコンをホビーとして定着させた最大の功労者。
それがこのMZ-80Kだろう。
マイコンブームの初期、秋葉少年達が心をときめかせたのは何といってもこのマシンだ。

このマシンの魅力は、オールインワンというところにある。
モノクロのディスプレイから、カセット・インターフェースならぬカセット・デッキまで一体になってる。
これ一つに全て入ってる。これ一つで全て楽しめる。
これは強力なコンセプトだ。
机の上に、サンダーバードの秘密基地があるようなもの。
まず、ここにぐっときますね。マニアなら。

そしてしこのマシン、キットとして発売されたんですよね。
キットといっても、TKみたいのよりはもう少し親切にできていて、プラモデルや鉄道模型のキットみたいなもの。
メーカーの手間を省くというよりは、作る側の楽しみを残しておいてくれるという感じ。このへんも、マニア心をくすぐった。
余談ですが、シャープのパソコンものちのX-68kに至るまで、実にこの「マニア心」をおさえ続け、そして「マニア心」とともに轟沈した感じですね。

あと、「クリーンコンピュータ」ってコンセプトも、ものはいいよう。
何のことはなくて、BASICをROMで搭載できなかったことの言い訳みたいなものだけど、こういうと格好いい。
実際使えるかどうかは別にして、その後MZシリーズ用のtinyPASCALとか、BASICも何社かから出たし、それはそれでカセット内蔵というメリットは活かせたみたい。

しかし、カセット内蔵のメリットは実はもっと別のところにあった。それは、「日本初のパッケージソフト」の発売という点。
九十九とかマイコンショップが、カセットベースのゲームを売り出していた。
とはいっても店に集まる少年達からプログラムを買って、それを売り出しただけなのだった。ゲームの内容もとるに足らないものだけど、革命的だった。

自分でプログラムを書かなくても、「マイコン」が楽しめる。

これは、明らかに新しい時代の登場を告げていた。


(89/02)



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