MIDI ギターの限界





奏法面からみたギターの特徴には、つぎのようなものがあります。
その1:(楽器として未完成なゆえに)チョーキング、ビブラートといった技が、フィーリングのままに使え、表現のはばがひろい。
その2:アップ・ダウンのストロークがつかえるため、和音を出せる楽器としては異例の、リズミックなバッキングが可能(いわゆるカッティングがその代表)。

結局、ギターの長所というのは、この二点につきるのではないでしょうか。いいかえると、この二点をのぞけば、奏法面では(つまり音程コントローラーとしては)、とてもキーボードには太刀打ちできないのです(サウンド面では、ディストーション・サウンドという、非常に表現力に富んだ音色が使える点も強みだが)。ということは、この二点が生かされてはじめて、ギターでシンセをコントロールする意味がでてくるわけです。

ここで、現在のMIDIギターをふりかえってみましょう。MIDIは、あくまでも、平均率を基本とした規格です。その1にのべたような複雑な表現をMIDIにのせようとすると、のるにはのりますが、ものすごい負荷がかかってしまいます。これでは、不合理。ギターシンセ専用の、特別なインタフェース規格でもつくれば、別ですが。
一方その2は、モロ立ち上がりの問題です。ギターは、両手のタイミングが合ってはじめて、音が出てくる楽器ですから、そうかんたんにつっこめる訳じゃない。それに、音程を分析してから、それにあったシンセのコントロール信号を出すやり方をとる限り、その演算時間分遅れるのはどうしようもない。これがいやなら、SynthAxeみたいに、弦を完全にスイッチにしなきゃならない。

で、両方とも、だめ。ギターの奏法上のメリットが、全然生きないんですねぇ。
だから、ギター奏いて、シンセの音色が出てくるってのはおもしろいけど、つかえねえなってことになってしまうのです。この辺から、ぼくは、ギターシンセにはイマジネーションを刺激するものがないと思うのです。どう思いますか、みなさん。


(1986年7月25日)



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