アートの力





すぐれたアーチストの作品は、時代の変化と共に、新しい価値を生みつづける。作者が、何か生命にも似たものを、作品の中にふきこんでいるから、いつになっても、作品が生き生きと活きている。だから、常に輝きを失わない。これが、すぐれた作品のあかしだ。

これは、作者もまた、時代と共に変わりつづけてきたからこそ、成せるワザだ。時代を一歩リードしているなら、どんなに時代が変わっても、常に一歩のリードをキープしつづける。そのスピードが慣性のように作品に乗り移り、時代と同じように動き続けているというわけだ。だから、作品も作者も、時代に対する相対的な位置づけはいつまでも変わらない。

この相対性が、スタンスと呼ばれる。

これに対して、才能のないアーチストの作品は、どう違うのだろう。それは、ある瞬間こそ時代を大きくリードし輝いている。しかし、いつか時代に追いつかれ、そして取り残され、忘れられてゆく。作品に永遠の命がない。作者も、作品も、時代とともに動くことがなく、時代の軸のある点にじっととどまったまま、絶対的な位置づけが決ってしまっている。そして、時代が通りすぎていった時、もう誰も省みることはない。このような作品は、わかりやすいし、真似しやすい。でも、本質がつかめていない。だから飽きられてしまう。

この絶対性が、スタイルと呼ばれる。

まさにアートとは、スタンスの問題だ。断じて、スタイルではない。スタイルにこだわるのなら、まだ、必死に時代を追いかけようとしている凡人の方が、かわいげがあるというもんじゃないか。

人間、立ち止まったらおしまい。心臓だって、停まりゃ一巻の終わりじゃないか。Rolling Stones gathers No Moss.うごいているから、おもしろいのさ。


(1987年9月)



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