阿蘇でひと遊び その2 高森線編 -1971年4月7日-


さて、続いて前回と同じ1971年4月7日に、立野周辺で撮影した写真の続き。今度は高森線が中心です。高森線といえば、山間を走る・盲腸線・簡易線と、ぼくの芸風から遠い要素のハットトリックとも言える線区。オマケに、まだ撮影旅行に慣れていない中3のときの撮影旅行の最終日となれば、もう燃え尽きてテンションも極小。やる気なさの大爆発という状態。はっきり言って、適当に撮影してます。まあ、豊肥本線と合わせて、有名な撮影地に一度は来てみたという観光気分ですね。まあ、お恥ずかしい限りなのですが、気合が入らないとこうなるという例として見ていただければ幸いです。高森線とかお好きな方もいらっしゃるとは思うんですが、まあ人の好みはそれぞれというもので。ぼくは納豆が苦手ですが、納豆お好きな方はどんどん食べていただきたいのと同じです。ということでご笑覧下さい。



高森線といっておきながら、のっけは豊肥本線です(笑)。前回の3カット目と続くタイミングで撮ったカラー版です。この時はブローニーはコダカラーでカラーネガ。カメラはミノルタのオートコードですので、75mmとかなり広角気味のレンズ。35mmと2台並べて三脚に固定していますが、かなり画角が異なります。こちらのほうは、釣鐘のような独特な形をした外輪山の峰の全容が写っています。このぐらい雰囲気を変えれば、どちらのカットも活きてきますね。ただ、これは風景次第。特にこのように、標準と広角で絵面を変えてどちらも楽しめるという場所は、そうはありません。


次はやっと高森線。立野に戻ってくる、上りの混合列車。立野の近くで、ワリと安易に場所決めして撮影したものと思われます。模型のレイアウトだとね、タンクロコの逆行が牽引する短い混合列車とか、けっこういい感じ何だよ。狭い面積でも、味のある世界が作れるし。だけど実物だと、なんか侘しすぎてダメなんだよね。暗〜い感じが漂ってきちゃって、写真がポジティブに共有すべきイメージが伝わらないんだよ。実際、こういう線区行くと気が重くなるし。ブルーになるし。だから、只見線は撮影に行ったコトがない。関東近郊では最後まで蒸気機関車が残ってはいたんだけど。


同じ場所で撮ったカラーのカットです。電柱と列車の位置関係を見ると、カラーの方が若干早いタイミングでシャッターを切ったようですね。まだ、こっちのほうが気分的にいいかな。でも、こうやってバックの景色を見てみると、本当にスゴいところに線路敷いちゃってるんだよね。それ以前に、こんな外輪山の中まで人が住んで開拓して、鉄道を必要とするぐらい生活の奇盤にしているという方がとんでもないのかもしれないけど。けっこう九州は山奥に「秘境村」があるけど、日本の中では古い時代から人が住んでいた分、奥深いところまで人々の生活の場になっていたということなんでしょうね。


高森線であれば、まずはこれという第一白川橋梁。高千穂線の高千穂橋梁ができるまでは、日本一の高さ(64.5m)を誇っていたという、有名なトラスアーチ橋。お立ち台としても有名で、まあ高森線に行った人は、まずここで撮影するのではないでしょうか。やる気がないので、安易に撮影。おまけに、このポジションは、道路から見下ろして容易に眺望できる、一番安易なお立ち台ですね。ということで、折り返してきた高森行きの下り混合列車を撮影します。まあ、この路線は、朝晩の熊本直通ディーゼルカー以外は、基本的に混合列車が折り返すだけの線区なんですが。


同じ場所から撮影した、カラーのカット。雄大な崖なので、ほとんど同じに見えますが、橋梁のパースペクティブを見ると、撮影したレンズの焦点距離の違いがよくわかります。ワム8とワラが中心の、70年代的な編成ですが、一輌「ワ」が混じっているのがアクセントでしょうか。ワム80000も、蒸気機関車の煙に燻されて、真っ黒くウェザリングされています。モノクロだとわかりにくいのですが、カラーだとその汚れ具合がよくわかります。春でも緑の広葉樹林と、鉄橋の朱色が補色の関係にあり、一際引き立っています。おかげで列車も目立ちます。しかしよく見ると、すでにこの時代、竹林が混じっているのに気付きます。


さて、最後は本当にやる気なし。戻ってきた上りの混合列車を、2カット目を撮影した線路際に行って、安易なバッタ撮り。列車の脇に見える電柱が、2カット目に写っている電柱と同一ですから、撮影のタイミングも近いです。実はこのカットを撮影した後、高森駅で下り列車を撮影しています。そのカットは、南の庫から 番外編 阿蘇をめぐる鉄路'71・'73の2カット目に掲載しています。ということで、そちらを見ればわかるのですが、今回の高森線の列車は全て熊本機関区のC12222号機の牽引です。まあ、ぼくらの世代だと222号機か252号機という組合せが、一番おなじみだったりしますが。


(c)2015 FUJII Yoshihiko


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