サブカメラが見た鹿児島本線(佐敷太郎越え・肥後田浦-海浦間) -1970年7月31日-


1970年の7月から8月にかけては、夏休みを利用して初めての撮影旅行を行いました。狙いは鹿児島本線に最後に残ったハドソン、C60型式とC61型式です。70年10月に無煙化された路線は結構多くどこに行こうかとかなり迷いましたが、結局九州に決めました。当時の九州はまだ蒸気機関車が活躍している路線も多く、鹿児島本線をメインとしても合わせ技で他の線区も撮影できること、特にぼくが好きなライトパシフィックが活躍している線区があることも大きいファクターでした。中でも筑豊本線のC55型式はぜひとも実見したかった機種です。まあそれが嵩じてしまい、その後の4年間足繁く九州に通うことになってしまうのですが。気合を入れたので、親父のカメラを借りてサブカメラとして持って行きました。これにはネガカラーフィルムを入れていました。今回の特集は、このツアーでも最初の日、7月31日の鹿児島本線での撮影です。この時のメインカメラでのカットは、このコーナーでも鹿児島本線三太郎越え -1970年7月31日-等で公開しています。


まず最初は、肥後田浦駅頭での下り貨物列車を牽引する出水機関区のD51206号機。このカットのモノクロ版は線路端で見かけた変なモノ その8 -ホームでお駄賃(拾遺編)1970年7月〜1974年7月-で公開しています。最近ハヤリのAIによる着色ではないですが、ほぼ同じ構図でカラーとモノクロを比べられるというのは結構興味を惹かれるものがあります。ほぼ同じ鋳鋼製テンダ台車を履く浜松工場製の206号機は、戦時中に九州入りして以来、九州の大型蒸気の最末期まで一貫して九州で活躍したカマです。廃車後も佐賀に保存されていますが、最近ボランティアの皆さんの活躍により美しい姿に整備され話題になりました。かなり変色の進んだネガカラーとはいえ、九州のカマらしい独特な鉄光りする色は充分に伝わってきます。


次は峠の海浦側をトンネルに向かって登る、上り貨物列車を牽引する熊本機関区のD51546号機。鹿児島本線用の大型機が多数配属されていたころの熊本機関区は、ナンバーの地色を緑にしているのが特徴でしたが、この546号機もよく見ると「緑ナンバー」であることがわかります。LP403一灯、ランボード上のオイルポンプ、ランボードの白線、キャブのナンバーの位置とタブレットキャッチャー、テンダの増炭枠など、見る人が見ると感じられる「九州のD51らしさ」がふんだんに出ています。カメラ持ち替えでの2台使いですので、どうしてもサブのタイミングはギリギリになってしまいます。でもその分、妙に模型のジオラマ写真っぽくなってます。逆に言うと、ジオラマはこういう風に撮るとリアルになるとも言えますね。


次にやってきた上り列車は、電蒸運転。機関車は先頭が鹿児島機関区のED7635号機、次位が出水機関区のD5194号機です。このカットでは全く機番はわかりませんが、モノクロのカットの方では読み取ることができます。よく見ると1輌目のヨはもちろん、2輌目のトキにも、ヘルメット姿の国鉄職員が多数乗車しています。ということから、この列車は定期の貨物ではなく、電化工事に伴う何らかの測定を行うための臨時列車と思われます。別カットで見ると、ED76の運転台にも係員が多数乗車しています。このカットは、振り返って見れる線形を利用して、望遠で後追いの見返りカットを撮影したものと思われます。


さて、いよいよハドソンが登場します。まずは下り旅客列車を牽引する鹿児島機関区のC6026号機。26号機は、C5940号機として東海道本線・東北本線で活躍したのち、浜松工場で改造されて以来、一貫して九州で活躍してきたC60としては「生えぬき」のカマです。客車の1輌目はオユ10。オユ10というと、冷改されて青15号となった姿がおなじみですが、改造されたのは1972年。この時はまだ非冷でブドウ色2号という出立ちです。しかし、慣れていないこともありますが、こういうサイドからの撮影だと、ベストポジションまではメインカメラで追えるので、持ち替えはどうしても見返りカットになってしまいますね。でも戦前型C59はテンダの迫力も特徴なので、後追いでもなかなか絵になります。


さてここからは、線路脇からのバッタ撮り的カットでの持ち替えです。メインとサブで標準と望遠という、最もイージーではあるけれど確実に2カット撮れるという基本パターン。やってきたのは上り旅客列車を牽引する、鹿児島機関区のC6113号機。鹿児島工場製の関さんのKG-2型式の切取デフレクタを付けた、唯一のC61型式として知られた13号機は、この現役の内にどうしても見たかったし撮りたかったカマで、このツアーの目的の一つともいえます。しかし、出会えるかどうかは運次第。ここで来たというのは、それなりに引きが強いということができるでしょう。ちなみに松本謙一さんは、何度も鹿児島本線に通ったけど13号機とはついに一度も合えなかった、とおっしゃっていました。それにしても、この期に及んでも異様にキレイですね。大事にされていたことがわかります。

熊本機関区のD51255号機が牽引する、下り貨物列車。これまた緑ナンバーがくっきりと写っています。255号機は小倉工場製で、配属も九州一筋というまさに生え抜きのカマ。それも門司と熊本のみという潔さです。鹿児島本線の無煙化後は、古巣ともいえる門司機関区に戻り、北九州の蒸気機関車の最末期まで活躍を続けます。多彩な二軸貨車が連なる車扱貨物は、今は昔の鉄道黄金時代の思い出ですね。前後に2輌づつ連結された冷蔵車がいいアクセントになっています。しかし、右手の山の中腹に見える「カクイわた」の立て看板。もともと鹿児島の会社ですが、これを見ると九州だなという感じがします。


最後は、熊本機関区のC60102号機が牽引する下り旅客列車。熊本機関区のC60は波動対応専門で定期運用がないため、なかなか出会いにくいカマでした。この運用は、電化直前のイレギュラーな時期でもあり、本来鹿児島機関区のC60が入る運用に代打で登場したものと思われます。しかし、この色。どう見てもグレーに塗ってあります。黒ではありません。ところどこと、グレーが剥れて、地の黒が出ています。休車中に錆止めとかを塗ったのでしょうか。とにかく珍しいカマです。カラーで撮ってあってよかったという感じですね。しかしこの色は、まるで乗工社のC59のシンガーフィニッシュのようです。事実は小説より奇なりというところでしょうか。





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