ヴァーチャルコミュニティーと人の道



教育ってさぁ、「自分で気がつく」ようにしないと身につかないもんだよね。特に、勉強の知識じゃない、生活やマナーってさ。そのためには、へんに親切なのって逆効果で、痛い目にあって、失敗する中から学ぶのがいいわけだよ。実生活ってそうなってるよね。

コンピュータとかネットワークのような、こういう新しい生活の場でも、それが日常の生活の場となってきつつある以上、特別扱いはおかしいと思う。一度は、「怪我すると痛い」ってのを味合わないと、平気で一線を踏み外す人がゾロゾロ出てきちゃう。そうなったらもう、日常の生活の場の延長じゃなくなっちゃうよ。

実社会に比べて、パソコン通信のユーザがとりわけて異常な人が多いとは思わないけど、なぜか目立つのは、実社会では「自制心」が利いても、パソコン通信はふつうの日常とは違うと思って、甘えが出てきて、普段ならやるはずもないことをやっちゃうからです。こういう状況では、「日常的に」使えないのは自明です。日常と同じように、マナーを自主的に守る環境を作らなくてはいけない理由はここにあります。

たとえば別稿で触れたマルチポストだって、それをするってこと自体がさあ、パソコン通信のBBSって何かってことがわかってない証拠だよね。まっとうな感受性がある人間なら、まず「読むこと」からはじめて、その場の雰囲気とかに溶け込んでから書き込むようにするだろうから、起こり得ない問題でしょ。

パソコン通信だって、インターネット上のサービスだって、「人間社会」なんだから、「人間社会のマナー」や「人間社会の常識」は、通じてくれなくちゃ困るわけよ。それを、こういうハイテクものだけ、なんか別みたいに思うところから、間違いがはじまってるんだと思うよ。

「人間」とコミュニケーションしてるんだし、そのための道具なんだ。これだけ、最初にわかってれば、残る問題は、その人間がどれだけ社会常識があるかってことだけだから、わかりやすくなるよね。実社会でやっちゃいけないこと、他人の迷惑になること、これは、ハイテクを使っていようといまいと、やるべきではない。それだけです。

一回恥をかいたら、「二度とやるもんか」と憤慨する人がいるかもしれない。でも、それはそれでいいじゃない。そういう人は、実生活でも、いろいろ失敗から学んで向上するということがない人なんでしょうからね。で、大人に向かって、人生そのものの教訓を、「あれはしてはいけません、これは他人の迷惑になります」なんていうのはおかしいし、そんなものは自助努力で学べばいいことですよね。おせっかいですよ。

大人である以上、「確信犯で他人に迷惑をかけている」と思われても仕方ないし、それはそれで、迷惑をかけた以上、そのコミュニティーから抹殺されればいいだけでしょ。心ある人は、「迷惑だ」って注意すれば、それだけで充分。あとはほっとけばいい。その人の問題なんだから。いい年してそういうことやるほうがいけない。コンピュータ使おうが使うまいが、人間関係の問題なんだからね。

とにかく、学ぶためには「発見」することが大事。教えてもらうより、自分で発見したほうが、本質がわかるし応用も利く。だからいつもいってるけど、この自助努力を助けるためには、「敷居は高ければ高いほうがいい」わけです。そもそも敷居越えるだけでも努力がいるし、いっぱい学ばなきゃいけないことがるから、その過程で、おのずと発見したり 気づくことも多い。

ましてや、コンピュータとかネットワークとかみんなが使うものじゃないんだから、敷居は高いほうがいいですよね。一年に一冊も本を読まない人、一年に百文字も文字を書かない人がどれだけ多いか知ってますか。それ考えれば、どうしても必要な人は、背に腹は変えられないとばかりに、どんなに敷居が高くてもマスターするだろうし。

そうじゃなくて変に親切に教えられると、なにも本質がわからないまま、勘違いした人がいっぱい出てくる。こういうヒトは、応用力がないから聞いたことのない障害にぶつかるとその度に右往左往するわけで、マトモに利用しようという人にとっては、たまったもんじゃないですよ。

まあ、そうはいっても、その「学ぶ場」がなければどうしようもないわけで、大手の商用BBSサービスでやってるように、新入会員と、インストラクターだけが入れる、自動車教習所のようなボードを作って、そこでちと勉強してから、自由に使ってもらうという手もあります。その「仮免状態」で、一カ月とか練習期間をおいといて、その間に、何回以上アクセスして、何バイト以上書き込んで、インストラクター側がOKと判断したら、一般のアクセス権を与えるとかね。

これは、個人的にはあんまりいいやり方と思いません。やっぱり他力本願になるから。ぼくは、自由競争の中でたたかれて育つ「徒弟制」のほうが好きだから、やっぱりこういうのやだね。それなら同じ指導でも、手取り足取りでなく、本人の発見を促すようなワーニングを出して考えさせる手もある。

かつてのjunetでの日下部さんみたいな、まめな会員が一人いるだけでも、ずいぶんマナーが良くなるんだけど、そんなボランティアできる人そんなにいないしね。ほんとに日下部さん、よくボランティアでがんばってたと思うよ。おかげで当時のjunetユーザーはみんな、コミュニケーションにつて考え、自分から問題意識を持つようになったから。

まあ、彼は仕事が速くて、時間がたくさんあった(笑)というともあるんだろうけど、実にマメだったよね。fjのエラーメッセージって感じで。彼特有のテレとウィット感もあるから好き嫌いはあるとは思うけど、わかる人には分かるし、これでわからない人は、そもそもそれ以前の段階で勘違いや、間違いがあるという、絶妙なところで「エラーメッセージ」を出して指摘するよね。

言語やツール類の開発やった人はわかると思うけど、この「必要にして充分なエラーメッセージ」って、けっこう難しいんだよね。で、わかってる人は、ちゃんとわかるし、非常に感謝するけど、中にぼんくらがいて、自分が理解できないだけなのに、逆恨みしたりして。周りから見ると、それって自分が「バカだ」って、大きい声で公言してるようなもんなんだけどね。まあ、沖縄ではお元気なようで、なによりです。

というように、基本的に「うそをつかない」「自分の行動・発言には責任を持つ」「自分がされたくないことは相手にしない」といったような、人間としての基本ルールが守れるなら、インターネットでも、パソコン通信でも大丈夫ですよ。心配には及ばないし、委縮することもない。普通に、電話かけたり、手紙出すのと同じマナーで、書き込んだり、mail出したりすれば、それでOKなのですから。

でももし、こういうマナーを守ることに違和感を感じたら。それは危険です。ヴァーチャルでない、実社会でも、もしかするととんでもないトラブルを起こす危険があります。人の道をもう一度学び直しましょう。

ネットワークやパソコンのことをまだよく知らない初心者は、彼らで一つのコミュニティーを作っています。そのコミュニティーには、よく見ると、二種類の人がいます。一つは、まっとうな社会生活が送れる人。もう一つは、社会のマナーがわかっていない人。

前者のタイプは、もともとまっとうなのですから、しばしとどまって、よーく眺めてくれれば、すぐに要領がわかるでしょう。あるいは、とにかく飛び込んでみて、失敗しながら勉強するのも(自尊心次第ですが)悪くないと思います。スポーツなんかでも、マスターのしかたにはこの両タイプがありますよね。

さて困るのは後者のタイプです。後者なタイプの人ほど、「敷居」に文句をいったり、自分の失敗を人のせいにしたり、そのあげくに自分のほうが正しくて、「敷居」の向こうが間違ってるんだとばかりに、「敷居」ぶっ壊して 殴り込みをかけたりします。正直言って、後者な彼らが暴れた後には、コミュニティーの荒廃がまってるだけです。

現実の社会ならば、数の力がありますから、鉄砲玉になって殴り込んできても、コミュニティーが力を合わせれば、ぼこぼこにすることは決して難しくはありません。凶悪なギャングが集落に逃げ込もうとするのを、善良な村人が、毅然として団結して力を合わせ、ついには撃退してしまうというようなストーリーは、西部劇でも良くありましたよね。

ところが、ヴァーチャルなコミュニティーでは、集団の力がでにくい(コミュニケーションの一瞬一瞬をとると、常に1対1になってしまうから)ため、こういう「悪意の第三者」の出現に対してめっぽう弱いのです。あっさり「悪貨が良貨を駆逐する」ことにもなりかねません。それだけ、一人一人が毅然としていなくては、すぐにコミュニティーは崩れてしまいます。このあたりの事情をよくご理解していただくと、何で実生活以上に、マナーの問題が重要になるかご理解していただきたけると思います。

人の道を知らなくていいと思う人間は、ちょっとまずいですね。人の道に外れた人間では、いかにパソコンに強かろうが、いかに知識があろうが、みんなからのけ者になるだけですよ。実社会でも。それを隠して生きてる人が、ヴァーチャル・コミュニティーに入ったとたん本性丸出しになったりするわけで、困ったモノです。でも逆にいい機会だから、真人間になるべく立ち直るチャンスとしてくれればこんなすばらしいことはありません。


(96/04/17)



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