サム奏法とスラッピング





親指を使ってベースを奏くこと自体は、エレクトリックベースが登場した1950年代においては、特別でもなんでもなく、一般的な奏法でした。この時代の親指奏法は、今で言うトゥー・フィンガー奏法的なフレーズを、親指で弦をはじく(アコギのフィンガーピッキングの親指のようにして弾く)ことで奏く奏法です。このため、当時のベースのフィンガーレストは1弦側に取りつけられていました。オールドのプレシジョンベースなどでは、そのネジ穴が残っているのを確認できます。

このスタイルは、ロック的なプレイにはあまり向かないこともあり、60年代の半ばには、指奏きといえば、人指し指、中指のトゥー・フィンガープレイがエレクトリックベースの常道となります。俗に「いかりや奏法」といわれる、いかりや長介氏のベースの奏き方は、この50年代のエレクトリックベースの指奏きを指します。これは、彼がその時代にベースをマスターしたこと、その後の音楽界の動きとはそれほど関わらなかったことを考慮すれば、至って自然で納得できる事実だと思われます。

さて、スラップ奏法です。
ベースの弦を叩くという奏法は、カントリーやジャズのアコースティックベースの奏法にもあり、もともとベースパートは、和音楽器でもあり、基本リズム楽器でもあるという特性を考えると、かなり古くから存在したものと考えられます。実際、ベースフレーズでは、ふつうのフレーズでも、ミュートやタッチノイズをウマく組み込んでノリを出すことが日常的に行われますから。

しかし、ファンクのチョッパー奏法は、どうもルーツが違うようです。先ほどご説明した「いかりや奏法」ですが、この親指奏きは、アメリカの音楽界でも、ロックでは使われなくなったものの、R&B/ソウル関係のスタジオマンの間では、オーソドックスな奏法として受け継がれて来ました。モータウンのセッションで有名な、ジェームス・ジェイマーソンやチャック・レイニー、スタックスのMG'Sのドナルド・ダック・ダンといった、数々のR&Bヒットのボトムを支えた銘ベーシストは、皆、この親指奏法の名手です。

一方、1960年代半ばから、ロックのコンボバンド編成の影響を受けて、R&B/ソウルミュージックでも、自らバンドとして楽器を弾きながら、ヴォーカル・コーラスグループとして唄も歌うという、「ファンクバンド」の形式が出てきました。彼らのバンドのベーシストは、もともとのルーツの影響を受け、親指奏法を専ら愛用していました。

これらの「源初的ファンクバンド」は、当時は、ソウルコーラスグループが楽器を持ったに過ぎませんでした。しかし、同時に起こっていた「ロックレボリューション」の影響を受け、彼らのサウンドも、よりパワフルで、強烈なビートを持ち、ハードロックバンドにまけない大音量を持つものに進化してゆきました。その代表が、スライ&ファミリーストーンやアイズレー・ブラザーズなどです。ここに、現在のPファンクなどにつながるファンクバンドの基本型ができました。

さて、このように強烈なビートとパワーが求められると、従来の親指奏法は役に立ちません。親指奏法は、どちらかというと、ソフトでマイルドな音が特徴です。特に、ロック色を出すため、白人ドラマーをフィーチャーしたスライなどのバンドでは、強力なアタック感が必要でした。

親指で奏きつつ、強力なアタック感とビートを得るべく「強く奏く」にはどうしたらいいか。このためには、指の筋肉でを動かして奏くのではなく、親指は固定し、腕の筋肉を使って、腕の力で奏く必要があります。こうなると、腕の構造上、あるレベル以上の強さになると、もはや弾いて奏くというより、叩いて奏くといったほうがふさわしくなります。その時、70年代以降の「チョッパー奏法」と呼ばれるスラップ奏法が誕生しました。

実際、当時のスライのビデオを見ると、デビュー当時は、ラリー・グレアムも、ギルドのセミアコベースを使い、親指奏法(いかりやです)で奏いていたのが(66〜7年初め)、68・9年になると、フェンダージャズベースを使い(なんとナイロンワウンドの黒弦だが)、叩く奏法に進化してゆく過程を確認することができます。

当時の音楽シーンを考えると、こういう必然性にかられていたバンドは有名・無名含めていくつもあったでしょうが、そういうバンドの代表として「スライ&ファミリーストーン」、そしてチョッパーを始めたベーシストの代表として「ラリー・グレアム」というのが今では定説となっています。

さて、日本で最初にチョッパーを取り入れた人は誰でしょうか。 チョッパーの研究自体は、多くの人が70年代初頭から行っていた(映画ウッドストックのスライの映像が、そもそもの発端と考えられる)ワケですが、当時の日本の楽器屋で売っていたベース弦は、フラットワウンドかナイロンワウンドで、非力な日本人ではとても叩いて音になる代物ではありませんでした。

ということで、実際にステージやレコーディングでチョッパーが使われるのは、ロトサウンドのラウンドワウンド弦が入手可能になった、74年前後と考えられます。このあたりの音楽シーンはリアルタイムで見ていますので、記憶をたどると、最初にチョッパーをステージ上でやったのは、鈴木茂とハックルバックのベーシスト、田中章弘氏(名前の字は不確か)と考えられます。

あと後藤次利氏も忘れられません。彼はもちろんMr.チョッパーで、親指で女を泣かす男として知られるように、「チョッパーで喰う」最初のミュージシャンといえるでしょう。イギリスでは、ミカバンドのイギリス公演が、「ロックバンドでチョッパーをやった、イギリスでの嚆矢」として有名です。

最後に、親指奏法について整理してみましょう。

親指奏法には、

親指で「はじく」
親指で「たたく」

の二種類があります。

前者はトゥーフィンガーとか、ピックとかと同じ、「通常奏法」の一パターンだし、後者は色々なもので弦を叩く「スラップ奏法」の一パターンです。でその親指の使いかたを考えると、ダウンのみか、アップダウンか、このそれぞれに対してバリエーションが考えられます。つまり、2×2で4種類の奏法があるワケです。

個別に見てゆくと、

1. 親指で「はじく」奏法でダウンのみ
→50年代のR&Bのベース奏法であり、これが「いかりや」でもある

2. 親指で「はじく」奏法でアップダウン
→モータウン、スタックスなどのスタジオミュージシャンが60年代後半に愛用した奏法であり、チャック・レイニーなどが代表

3. 親指で「たたく」奏法でダウンのみ
→70年代末から80年代に入っての、フュージョン色の濃いチョッパーで使われる奏法で、マーカス・ミラーが代表

4. 親指で「たたく」奏法でアップダウン
→オーソドックスなファンクスタイルのチョッパーで、70年代に全盛であり、ルイス・ジョンソンなどが代表

ということで、歴史的には、

親指で「はじく」奏法でダウンのみ
↓ビートのウラが細かくなるのに対応
親指で「はじく」奏法でアップダウン
↓パワフルな音を出すため、指だけでなく腕全体で鳴らす
親指で「たたく」奏法でアップダウン
↓16分のウラをプル奏法で入れるニーズに対応
親指で「たたく」奏法でダウンのみ

という進化が見出されます。つまり、よりパワフルなビート、より細かいウラのり、の追及という ニーズがベース奏法を進化させてきたことが読み取れます。

(97/03/14)



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