羽越本線、最初で最後の夏 その1 -1972年8月-


蒸気機関車現役時代の撮影テーマとしては、「最後のライトパシフィックの活躍を記録する」というのが大きな柱でした。そういう意味では、羽越本線はぜひC57型式が活躍しているうちに撮影に行きたかった路線ですが、他の線区との兼ね合いやプライオリティーとの関係で、その願いは叶いませんでした。まあ、この時期になると羽越本線だけ撮りに行くという感じになってしまうので、なかなか行きにくいというのもありましたが。しかしC57がいなくなっても、一度は尋ねてみたい線区ではありました。そんな中で、これもまた父親の用事に撮影係でついて行くということで、無煙化直前の72年夏に一泊二日で訪ねるチャンスが生まれました。もはやD51ばかりといっても、これを生かさない手はありません。しかし目的が目的なので、撮影はカラーネガ。その点はちょっと残念でしたが、無煙化直前にちょっとだけでも記録に残すことができたのは良しとしましょう。その時撮影したカットをこれからお届けします。



確か、この時の用事は鶴岡で温海温泉に泊まったと思うのですが、自分が主体で計画したものではなかった分よく覚えていません。なんといってもあの「笹川流れ」が近いのが魅力です。それは明日のネタにとっておいて、まずは近場で撮影したものと思われます。そのあたりの駅近くで撮影したカットだと思うのですが、ちょっと考証不可能です。まあ、そのあたりは固いことを言わずにお楽しみください。まず撮影したのは秋田機関区のD51350号機が牽引する、下り旅客列車。このあとの至近距離のコマで機番が確認できますが、この時期でもロングラン運用があったというのは、さすがに裏縦貫と言われた北海道・東北と関西を結ぶ幹線だけのことはありますね。


カラーネガ、それもフジカラーなので、褪色、変色が甚だしいのはいかんともし難いのですが、今回はカメラはコンパクトカメラではなく、一応一眼レフを持って行っているので、ネガの状態は前回よりはマシなようです。今度は最初のカットとほぼ同じ場所から、逆に振り向いたような形で上りの貨物列車を撮影します。牽引機は、これまた秋田機関区のD51728号機。色灯式ですが、場内信号機が見えていますので、どこかの駅の外れということがわかります。さっきの旅客列車と交換したのでしょうか。典型的なバッタ撮りではありますが、記録は記録。ネガカラーでもバッタ撮りでも、過去の瞬間が記録されていれば、それは今となっては貴重なカットに違いありません。


続いてD51728号機の牽引する上り貨物列車の見返りショット。1輌目のヨ5000には「鉄牢解体・マル生粉砕」のアジ落書が。この手の落書き、当時は目のカタキにしていた人も多かったけど、今となっては当時の記録として懐かしさも感じられたり。ちなみに鉄牢とは「鉄労」、すなわち同盟系で「御用組合」といわれていた「鉄道労働組合」のこと。当時の国鉄の労働組合は、総評系の国労(国鉄労働組合)と動労(動力車労働組合)が、過激なストライキなどの活動でブイブイいわせていた時代。しかしその後の民営化とともに、動労と鉄労が一体になってJR連合になり、国労だけが解体されることになるとは、当時誰が予想しただろうか。窓からこちらを振り向く車掌さんの写真は、ちょっと珍しいかも。


並行して走るタクシーから撮影したと思われる、走行中のD51728号機。前のカットにくっきりと写っているテンダー上の1500l重油タンクもそうだが、典型的な東北幹線仕様の装備が見て取れます。それもそのはず、728号機はずっと東北一筋で活躍してきたカマ。それも、東北本線系から流れてきたのではなく、奥羽筋、羽越筋での配属が長かったのが特徴。今となってみればなるほどそうなのだが、羽越筋は土崎工場持ちの秋田局のカマと、長野工場持ちの新潟局のカマが、最後まで一緒になって活躍していた線区。同じD51とはいえ、微妙な装備の違いがけっこう面白いことに、今回のネガを整理していて気がついてしまった。やはり、後からみるといろいろ発見があるものだなあ。


さて、そのタクシーで移動しての撮影ポイント。こんどは複線になっている区間だが、一体どこなのだろう。今回の撮影地比定は、本当にお手上げです。わかる人がいたら教えてくださいな。ということで、やってきたのはDD51型式の牽引する下り旅客列車。ディーゼルで色味があるということもあるけれど、全体の褪色も少なくわりとキレイなカット。架線柱が立っていることからわかるように、この後10月には電化してしまうので、DD51とはいえ貴重な記録です。DD51の牽引する旅客列車の写真自体、ぼくはあまり撮っていないので、その意味でも貴重かもしれません。普通列車で9輌も連結されている姿には、鉄道黄金時代の名残を感じますね。


同じポイントで振り返ったところに現れたのが、D51牽引の上り旅客列車。牽引機は、横手機関区のD51505号機。典型的なバッタ撮りの構図ですが、その分東北仕様のD51らしさはよく見えているのではないでしょうか。505号機も裏縦貫筋での活躍が長ったカマで、土崎工場持ちらしい特徴が出ています。土崎工場持ちのカマと郡山工場持ちのカマは、東北仕様ということで共通点も多いのですが、けっこう細かいところでは違いも多く、それはそれで模型ファン的には興味を惹かれるところです。D511号機が、郡山持ちだった盛岡時代と土崎持ちだった青森時代とでかなり仕様が変わっているのは、知る人ぞ知るポイントだったりしますね。


(c)2016 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


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