田川線の3日間 その1(無意味に望遠 その13) -1973年4月5日-


さて、前回の日田彦山線のカットをスキャンして、サブカメラで撮ったモノクロのネガで未スキャンのものがまだけっこうあることに気がつきました。ということで、「無意味に望遠」シリーズを当面復活することに。前回と同様、0泊5日の強行軍で弾丸ツアー撮影を行った、1973年春の九州シリーズから、油須原付近を中心とする田川線と後藤寺周辺で撮影したモノクロカットを数回に渡ってお届けします。72年・73年はまだ煩悩が残っていた時期で、72年は35oモノクロのサブ・メインに、ブローニーのカラーポジという、最多機材を抱えて撮影していましたが、73年になると少し大人になったのか、ブローニーのカラーポジをメインに、サブは望遠または広角と、レンズを変えることで同じ撮影ポイントから違うカットを狙えるものだけを撮るように進化しています。ということで、この時期になると、モノクロは全列車撮影しているわけではありません。その分、それなりに凝ってみた工夫も感じられたりします。


この日は山陽夜行で朝九州入りし、行橋から9600の牽引する旅客列車で油須原駅までやってきました。この前の九州撮影旅行まではC55やD60をはじめとする筑豊本線系統の蒸気機関車が大量に現役でしたので、九州入りした日の朝は、折尾で降りて(おやじギャグではない)即撮影開始というパターンでしたが、筑豊本線系統の蒸気が激減してしまったので、今まで足を伸ばしていなかった田川線方面の魅力が増し、今回は重点的に狙うこととしました。まずは乗ってきた列車を反対ホームから撮影します。牽引機は行橋機関区の29612号機。パイプ煙突にLP403、デフ装備という出で立ちは、これはこれでスマートなイメージで客車牽引には似合いますね。


さあ、ドラフトも勇ましく朝日を浴びて出発です。この間に正面から撮った発車シーンがありますが、これは「南の庫から・番外 田川線にて -1973年+α-」の2カット目として、このコーナーで取り上げています。テンダーは外板が更新されて、ノーリベットの溶接構造になっています。九州のカマには、けっこう補修ではなく更新されたテンダーを持つものが多く見られます。かっちりとキレイなテンダーの上回りと、若番らしい短軸の足回りとのコンビネーションも強く個性が感じられ、模型ファンとしては興味をそそられますね。オハフ61のTR11型台車も、くっきりとディテールが浮き出ています。こういうのを見ると、12oの良さがわかりますね。


さて、おなじみの油須原-勾金間の「お立ち台」に到着しました。あまり「お立ち台」狙いはしないのですが、何せこの時は初めての田川線。ひとまずはどんなところか様子がつかめるまでは、定番から押さえてみます。この時のツアーでは往きも帰りも田川線は撮る予定でしたから、まずは手堅いところから。まずは、後補機の回送がやってきました。カマは後藤寺機関区の49619号機。今日は、このカマが補機運用についているようです。エアタンクが「前上」の96は、北海道には多いのですが九州では比較的珍しく、個人的にはメカっぽい魅力が溢れていて気に入っていました。この撮影行で一躍96マニアになってしまいましたが、当然リアルタイムで16番の「前上」を製作しました。


さて、お立ち台に向かってやってきたのは、力行する下り貨物。ここは奥におおらかなカーブがあって、そこからストレートの上りが続く線形。カーブのところで望遠で全列車を折りたたんで撮った後、ストレートを登る列車を広角気味のレンズで捉えることができる。この区間の貨物はメチャクチャ速度が遅いので、一つのカメラでもレンズ交換が可能な時間が取れるが、ここはモノクロでカーブを望遠で、ストレートをカラーでそれぞれ狙うこととする。まずはカーブのところ。やってきた列車は後補機付き。列車自体は爆煙で隠れてしまったが、本務機・後補機は煙の中でその姿を捉えられるギリギリのタイミングでシャッターを切る。が、本務機は焚いているが、後補機は力行だけど焚いてないですね。


ストレートに掛かるところで、もう一カット。爆煙で後補機は見えない状態。ぼくにしては珍しく、カマより煙を撮ったカット。本務機は49654号機。長らく若松機関区にいたカマだが、最後は後藤寺機関区配属。この時は、すでに転属していたのか、それとも臨時の貸し出しなのか微妙な時期ではあるが、各種装備を見ても、別カットでナンバープレートを見ても間違いない。しかし、脇の県道を走る車。前からトヨタカローラ、スバル360、三菱ジープ。いかにもこの時代を思わせる名脇役。農家の庭のビニールハウスや、線路際の小屋などと合わせて、このあたりがジオラマ屋の感性に響くポイントですな。


さて、今度は同じお立ち台ではあるものの、見返りで捉えるカット。なぜこんなものを撮ったかは次のカットを見ていただければわかるのですが、ここはひとまず96の俯瞰見返りは絵になるということで。例の「SL No.7」の蒸気機関車は、人間が作ったもののうちで、もっとも生物に近い機械である」ってカットが原点だけど。カマは後藤寺機関区の69616号機。69616号機は熊本からのやってきたカマだが、熊本機関区の9600型式はデフ付き、後藤寺機関区の9600型式はデフなし。律儀にそれぞれの機関区の流儀に則って、仕様を変えていたのね。ところでこれは、セラへの石灰石の積載がわかる貴重なカットですね。石灰石は石炭より重いので、フルには詰めません。


そう、ここで撮りたかったのはこれなのです。蒸気ファンには「日本一有名な柿の木」。植松さん、広田さんのヤマケイカラーガイド「蒸気機関車の旅」でおなじみになったあそこです。要はお立ち台で振り向けば撮れるんですが。大沼の駒ケ岳と大沼沿いのカーブと、両方狙えるお立ち台と同じね。この時は春なので、桜は撮れたけどもちろん柿は無し。とはいえ、春にもかかわらず冬っぽい感じで悪くない。こうやってみると、セラとセキが混じってる編成って、北九州の石灰石輸送ならではですね。後補機はこれも後藤寺機関区の49616号機。これはカラーでもほぼ同じタイミングで撮ってます。85-210っていう、当時としては最高倍率のズーム1本でこなしたんで撮れた2カットです。



(c)2017 FUJII Yoshihiko よろず表現屋


「記憶の中の鉄道風景」にもどる

はじめにもどる
inserted by FC2 system